2018年10月3日水曜日

『いっしょにかえろう』



『いっしょにかえろう』
ハイロ・ブイトラゴ文
ラファエル・ジョクテング絵
宇野和美訳
岩崎書店
2018.9刊

女の子が花をさしだして、ライオンに言います。
「いっしょに うちに かえってくれる?」
ライオンがいっしょにいるのを見て、まわりの人たちはびっくり!
ライオンの背にのって、うれしそうにうちに向かう女の子。
その後、途中で保育園に弟を迎えにいき、お店で買い物をし、うちに帰ると、ご飯をつくります。夕ご飯がすんだころ、疲れたようすでお母さんが仕事から帰ってきます。
そこで、ライオンは帰っていきますが……。

この子のお父さんはどうしたのだろう? 死んでしまったの? それとも戦争に行ったの?
ライオンは想像上の友だち? それともほんもの?
こたえは書かれていません。
でも、学校にひとりで通い、遠い道のりを歩いて帰り、働いているお母さんのかわりに、弟のめんどうを見たり、家のことをしたりしている女の子が、きっととても心細いのだろうということは痛いほど伝わってきます。
まだまだ好きなことをして遊んでいたい子どもなのに……。
ライオンは、だれかに守ってほしいという、この子の願いの産物かもしれません。

文を書いたブイトラゴは、これはコロンビアだけでなく、ラテンアメリカの現実を反映している物語だと言います。貧困や政情不安によって、ラテンアメリカの多くの国の子どもたちは、このような状況におかれていると。
女の子とライオンとのやりとりが、そんな子どもたちの毎日、そのよるべなさをうかびあがらせています。

タイトルは、スペイン語ではCamino a casa (帰り道)、英語版はWalk with me(わたしと歩いて)ですが、いろいろ考えたすえに『いっしょにかえろう』としました。

でも、この作品を読むと、「これってラテンアメリカだけのこと?」とも思うのです。
いや、日本にだって、多少状況は違ったとしても、同じような思いをかかえた子どもはいるでしょうし、世界のどこにでもいるでしょう。
わたしたちが見えていないだけで。

ブイトラゴは、さまざまな社会的なテーマを物語の形で子どもに伝えることにこだわり続けている作家です。おとぎ話は書けないのだと言います。

すでに翻訳のある、やはりジョクテングとの共作の『エロイーサと虫たち』(さ・え・ら書房)では、戦乱によって故郷を追われ、見知らぬ都会で暮らしはじめた父と娘を描いています。
また、このあともブイトラゴとともに、アメリカ合衆国の国境を越えようと旅をする父子の作品や、他の絵本画家ととももに、ボゴタの下町を舞台にした時計職人の物語など、コンスタントに発表し、スペイン語圏やアメリカで注目を集めています。



1980年代から、自分たちのことを絵本で表現しはじめたラテンアメリカの作家たち。ブイトラゴは、現在その先頭に立って、声高ではなく、静かに、けれども真摯に熱く、多様な読みを誘う深い作品で、現実を伝え続けています。
この機会に『エロイーサと虫たち』も、改めて手にとってもらえるといいなあと思います。

表紙に出てくるライオン像の台座の1948年という年は、コロンビアの政治家ホルヘ・エリエセル・ガイタンが暗殺された年で、最後の見開きにある新聞にちらっと見える1985年は、コロンビアの最高裁占拠事件があった年だと、ブイトラゴはメキシコの新聞「エルウニベルサル」の記事(2018年6月30日付)で語っています。この占拠事件では、反政府ゲリラによって最高裁の建物が占拠され、判事や市民を含む115人が犠牲になりました。

「風の川辺賞」は、メキシコの政府系の出版社フォンド・デ・クルトゥラ・エコノミカ社が主催するコンクールで、未発表の作品を募集し、大賞をとると同社から作品が刊行されるというものです。新人作家の登竜門的な賞ですが、フォンド・デ・クルトゥラ・エコノミカ社は、
メキシコだけでなく、スペインやラテンアメリカのその他の国にも販売網があるため、同社で刊行されると、スペイン語圏の多くの国に広く知られるのが大きな魅力です。
ブイトラゴとジョクテングが大賞をとった年には、きたむらさとしさんも審査に加わり、この作品を高く評価したと聞いています。

本書は、カナダのグラウンドウッド社から英語版が出ており、アメリカでもIBBYアメリカ支部の推薦図書になり、高い評価を得ています。

Publishers Weekly の書評はこちら

子どもには難しいんじゃない?と自主規制せず、子どもたちと読んでもらえたら何よりうれしいです。

アメリカでこの本を見つけてきて、翻訳の機会をくださった岩崎書店さんに感謝しています。
いい仕事にめぐまれて、しみじみうれしい。




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