2021年12月31日金曜日

2021年のしめくくりに



12月30日 不忍池にて

 昔、ピアノを習っていたころ、何度練習しても弾けなかったパッセージが、ふっと弾けるようになる瞬間がありました。先生に言われるようにしているつもりなのに弾けず、こんなに練習しているのにと投げ出したくなっていたのが、いきなり、ふっとできるようになる。
 ものごとは、スロープではなく階段状にできるようになると実感したものでした

 30代の終わりに留学したときも、留学して1年半をすぎたくらいのときに、自分が前よりも読めたり話せたり聞いたりできるようになっていると、ハッと気づかされた瞬間がありました。その後、2年の予定だった留学を半年だけ延長したのですが、逆にいうと、その瞬間までは、自分の非力に泣きたくなることの連続(でも、意地でもつらいとは言えなかった・・・)の日々でした。

 そして今年は、もしかしたら一段、階段をのぼれたのだろうかと思える年でした。
 昨年の12月28日、見直した訳稿を編集の原島さんに渡したものの、どうなるかわからなかったグアダルーペ・ネッテルの『赤い魚の夫婦』が8月に現代書館から刊行になり、多くの方に読んでいただけ、とりあげていただけました。

 趣味ではなくプロフェッショナルとして、ずっと翻訳をしていけるようになりたいと思いながら、気づくと30年余りたち、会社勤めの同級生のあいだで定年とか再任用という言葉をきくようになってようやく、少しだけ目の前がひらけた気がします。昨年は、還暦なのにまだ何もできていないという焦りに苦しみましたが、今はちょっぴり開き直り、気持ちを落ち着けて新しい年を迎えられそうです。

 今年1年お世話になったみなさま、袖ふれあったみなさま、ありがとうございました。
 新しい年がよい年となりますよう願っています。



 今年出版された本たち

2021年12月14日火曜日

誕生日を迎えて

12月7日は誕生日でした。

7日に見にいったOnionさんのモザイク

去年の誕生日のブログに「どうしたらずっと翻訳をしていけるかとばかり考えている」と書きました。今もまったく同じ気持ちです。

でも、今年8月にグアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』(現代書館)が刊行されて、これまでとちょっと違うステージに入った、そんな感じがしています。

幻覚かもしれないけれど、やっとここまで来られたという気持ち。

自分の意地で翻訳にかじりついているだけで、弱気を見せたら、「ならやめれば」と言われるだろうという心もとなさがあるのは、今も変わりませんが、翻訳の同志たちに支えられています。

すごくうれしかったのは、先週末に立ち寄った大型書店2店で、『赤い魚の夫婦』だけでなく、新刊のアナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(東宣出版)も平積みになっていたこと。『赤い魚の夫婦』をきっかけに、他の訳書を手にとってもらう機会が増えたのなら、それはすごい快挙だなと。

アンドレス・バルバ『きらめく共和国』(東京創元社)や、マルセロ・ビルマヘール『見知らぬ友』(福音館書店)にも手をのばしてもらえますように。どっちもおもしろいよ。ビルマヘールは、大人でも楽しめるという呼び声が高いので(自分で言うか!)。

おもしろいと自分が思った作品を翻訳する機会が少しでも増えるよう願いながら精進します。来年も穏やかに誕生日を迎えられますように。

2年ぶりに家族で誕生日会食。

2021年12月1日水曜日

アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』



  アナ・マリア・マトゥーテ著
『小鳥たち マトゥーテ短篇選』
東宣出版
2021.11.12

悲しみ、死、少年少女のやわらかい心に爪を立てる現実。それらを一瞬にして光に変える、たわいのない噓と幻想。小説の魅力を一粒一粒に閉じ込めたような、繊細で味わい深い掌編小説集。(帯文/中島京子)

新しく村に赴任してきた若き医師ロレンソは、ある事情から、気がふれていると言われる女の家に一晩泊まることになってしまう。清潔で手入れが行き届いた部屋、美味しい食事とワイン、町で靴屋見習いをしているという一人息子の話を聞くうちに、彼は大地のようなあたたかさに心満たされ始めるが……「幸福」、過ぎ去りしある夏の淡くおさない初恋を詩情豊かに綴った「隣の少年」、人生に疲れ絶望を感じる寡婦の身に起こる摩訶不思議な出来事「噓つき」、心躍らせながら行ったお祭りで娘を襲う悲劇「アンティオキアの聖母」など、リリカルで詩的なリアリズムに空想と幻想が美しく混じりあう21篇を収録。二十世紀スペインを代表する女性作家アナ・マリア・マトゥーテ本邦初の短篇集。
(版元ドットコムより)


アナ・マリア・マトゥーテの短篇集が刊行になりました。facebookにこんな投稿をしたのは去年の7月のこと(↓画像とクリックすると、別ウィンドウではっきり見えます)。


指導教官の牛島信明先生にすすめられて、大学の卒論を三部作『商人たち』で書いたのがマトゥーテとの出会いです。その後、翻訳の仕事をしたいと先生に相談したとき、マトゥーテの短篇集を訳すことをすすめられましたが、児童文学の翻訳をするようになって月日が流れました。

それが、10年ほど前、短篇を読み直し、改めて魅了されました。そして、上記の記事のようなことになりました。もともとEl tiempo(時)かHistorias de la Artámila(アルタミラ物語)か、どちらかの短篇集を訳すことを考えていたのですが、編集者から、せっかくなら全短篇を読んで選んでみないかと提案され、短篇選集の形になりました。

右は宝物にしている本革貼りの全集5巻本の1冊


長年の宿題をようやく終えた気分です。学部を卒業したときの自分なら訳せなかったかもしれない、今でよかったと、今は思えます。

物語の名手マトゥーテの珠玉の短篇。楽しんでいただけたらうれしいです。