2019年2月9日土曜日

ながいながい本の旅



昨日は、第64回青少年読書感想文全国コンクールの表彰式にご招待いただき、行ってきました。2年前に刊行された訳書、コンチャ・ロペス=ナルバエス著『太陽と月の大地』(松本里見絵、福音館書店)が、中学校の部の課題図書に選定され、昨日が発表の日だったのです。

感想文「目指す先にある世界」で最優秀賞(内閣総理大臣賞)を受賞した福島大学附属中学校1年橋本花帆さん、「認め合う心から未来へ」で毎日新聞社賞を受賞した萩市立萩東中学校の松岡灯子さんにお会いすることもできて、うれしいひと時でした。

表彰式の受賞者代表のことばのなかで、橋本花帆さんが、「わたしと会ってくれてありがとうとこの本に言いたい」と言ってくださるのを聞いて、この本を訳せて本当によかったと、心から思いました。
作家が書き、私が手にとり、通信添削や大学の授業の教材としてとりあげ、何度も読み、ようやく編集者さんと出会って本になり、それが読者の手にわたった、そのながいながい本の旅を感慨深く思いめぐらした、人生のご褒美のような午後でした。

愛知県岡崎市が独自で作成している、「読書感想文・読書感想画優秀作品集」というのに寄稿を求められて、この本について書いた文章を以下に再録します。

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分断ではなく、共に生きるために

 中学生のころ、学校に行くのがとてもつらい時期がありました。そのとき、私を救ってくれたのは「本」という友だちでした。本のなかに自分をはげましてくれる、ぴったりのメッセージがあったわけではありません。でも、本のなかに、今、自分がいるしかない世界とは違う世界があり、そこに自分が共感を覚えるということが淡い希望となって、その頃の自分をささえてくれていたのだと思います。
 本は、時間も空間もこえて、今とは違う世界に私たちを運んでくれます。いろんな世界を見せてくれます。
 この本の舞台は、四百年以上前のスペインという遠い世界です。しかし、この本を読むうちにみなさんは、主人公のイスラム教徒の少年エルナンドや、キリスト教徒の少女マリアと気持ちを重ねて、恋の喜び、そして、国の政治によって、友情や愛情や故郷など、かけがえのないものを失っていく悲しみに、胸をふるわせたのではないでしょうか。
 スペインの歴史はなじみがなく、人名や地名もちんぷんかんぷんだったかもしれません。でも、全部わからなくたっていいのです。物語を読んだあなた自身が感じたこと、考えたことが大切です。
 物語のなかで、山の上に立った少年が「人が豆つぶのように小さく見える。遠くから見れば、キリスト教徒もモリスコも区別がつかない。みんなただ、人間というだけだ。」と言うシーンがあります。
 国籍や宗教や考え方などの違いで、人はしばしば対立し、反目しあいます。でも、違いがあっても、同じ人間です。違いを並べ立てて分断するのではなく、違いを認め合いながら共生することが、ますます求められる時代を私たちは生きていると私は思います。「みんなただ、人間」というこの言葉は、時と場所を越えて、今こそ私たちに迫ってくるようです。
 自分はどんな未来を生きたいのか、この本を読んで、みなさんがそれを考え続けてくれたならうれしいです。
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授賞式のあとで、装画・挿画の銅版画家松本里美さんと編集者で軽く乾杯しました。




本が出たあとは、本にかかわった方と会うことが減るものですが、この本は課題図書に選んでいただいたおかげで、ここ2年、何かとお会いする機会があり、それもうれしいことでした。
松本さんは紅茶の専門家でもあり、大森の「葡萄屋ギャラリー」1階で、金・土・日は紅茶をいれていますので、ぜひお立ち寄りください。イギリス風のケーキもおいしいですよ!
https://www.facebook.com/Budoh.ya.Gallery/