2021年5月22日土曜日

ブクアパラウンジ こぼれ話(1)

 5月15日に西日暮里BOOKAPARTMENT 主催の「ブクアパラウンジ -vol.07-」 に呼んでいただき、ミランフ洋書店の話をしてきました。そのときのYouTubeはこちらです。


 でも、「ミランフ洋書店を開店したいきさつも話します」とツイッターで予告していたのに、店名の由来くらいしか話せなかったので、ここで補足することにしました。

 ほとんどのことを説明した、2011年9月に書いた文章がありましたので転載します。ただ、この記事でも「10年以上前から私は縁あってそこで本を購入」と、はしょって書いた部分をまずは説明します。時は1994年までさかのぼります。

 当時スペイン語の本は、都内の専門書店で高いお金を出して買うことしかできませんでした。そんなある日、都内のスペイン語書店のパンフレット置き場で、スペインの書籍輸出会社のパンフレットを見つけました。
「直接買えるなら、願ったりかなったりじゃない!」と思った私は、1994年にマドリードに旅行した際、その輸出会社をたずね、本を売ってほしいと頼んだのでした。
 その会社は、本来書店や語学学校にしかおろしていない会社だったのですが、せっかくきたからと売ってくれることになり、その後、その会社から郵送で送られてくるカタログを見てファックスで注文書を送り、本を買うようになりました。

 そして、それから10年近くたった2003年、その会社の人が東京国際ブックフェアに来ることになりました。ミーティングを申し込まれて会ったとき、私は日頃から不思議に思っていたことをたずねてみました。それは、その会社が送ってくれるパンフレットには、本ごとに割引率が書いてあるのに、私が買うときにはなぜ割引をしてくれないのかということでした。

 すると、「割引は書店の場合だけ。あなたは書店ではないから割引をしていない」と説明されました。けれども、それで終わらないのがおもしろいところです。続けて、こう言われたのです。「でも、せっかくミーティングしたから、これから一律10%だけ値引きしよう」と。そこで、晴れて10%引きでの取引が始まりました。

 その2年後の2005年の出来事が、下記の記事に書いたものです。バカじゃなかろうか、と思うのですが、そんなこんなで、今のミランフ洋書店があります。人生はわからないものです。


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ミランフ洋書店 ただいま開店中


販売はしてないの

 スペイン語の子どもの本専門のネット書店、ミランフ洋書店を開店したのは4年前の2007年の秋こと。「店舗はどこに?」と問われれば「押入れ」と答えるこの書店、翻訳に携わっているはずの私がなぜ、とよく聞かれますが、直接のきっかけとなったのは、開店の2年前、東京国際ブックフェアでのスペインの書籍輸出会社とのやりとりでした。

 その年、いつも利用している書籍輸出会社の担当者が来日し、アポイントメントを申し込まれました。通常は書店や学校にしか輸出していない会社ですが、10年以上前から私は縁あってそこで本を購入していました。もともと個人だが特別に、という細々とした取引だったので、会ったら「書店ではないので、今後は売れない」と言われやしないかと邪推し、ヒヤヒヤしている私に担当者はたずねました。「販売はしてないの?」通信添削講座で使う本のまとめ購入はしていたので、「売っていないこともない」と言葉をにごすと、返ってきたのが「じゃあ、今度から書店値引きをするわね」という答え。
 汗がふきだしました。積極的に売っているわけではなかったので。ですが、それからしばらくたったある日、ふいに「なら、書店を作ってしまおうか」とひらめきました。インターネットならコストもしれているし、おもしろそうだと思ったのです。

準備期間は2年間

 といっても、ホームページも作ったことのない自分に、はたしてできるのか。すべては未知数でしたが、2年間可能性をさぐったうえで判断しよう、と決めました。
 まず、問題はショップページづくりです。ネットショップ経営の本を読み、市の産業振興センターの無料起業相談に足を運び、ぺージのイメージを固め、ウェブデザインの会社に見積もりを頼みました。しかし、デザイン料は予想以上に高く、維持管理も難しそうで、これは断念。ところが、今の世の中、探せばあるものです。ネットショップ用のパソコンソフトがあるのを知り、見てみると、ショップページのデザインから、買い物かご、受注管理、商品管理まで、素人でも扱いやすくできています。これでいこう、と決めました。
 お次は、肝心のショップ名。しかし、響きのよいスペイン語の単語はどれも、何かに使われていました。半年くらい悩んだときでしょうか、カルメン・マルティン=ガイテの小説『マンハッタンの赤ずきんちゃん』の中でmiranfúという語を見つけました。「いつもと違う、何かびっくりすることが起こる」という意味のおまじない。「ミランフ」ならGoogle検索しても何も出てきません。意味も私の思いにぴったりで、うれしくなりました。
店名が決まると、書店開店計画が一気に現実味をおびてきて、売る本を仕入れはじめました。同時に、知人の装丁家にロゴの作成を頼みました。自分でレイアウトするショップが素人くさくなるのは必至ですが、ロゴがあればイメージアップをはかれると思ったからです。これは大正解。美しいロゴに導かれ、予定どおりの2年で開店にこぎつけました。
 

ショップからの広がり

 扱う本は基本的に子どもの本で、ぜいたく品にならず、手ごろな価格で買えるものという方針で、既存のスペイン語書店と競うつもりはありませんでした。まさにニッチビジネスです。もうかればうれしいけれど、忙しくなりすぎて翻訳の仕事にさしつかえると困るので、トントンならOK、でも、扱う本はホンモノを、という気楽な出発でした。
しかし、物事というのは、始めてみると思いがけない広がりをみせるものです。その一つが「日本ラテンアメリカ子どもと本の会」の活動です。私が最初に想定していた顧客はスペイン語学習者でしたが、あるとき小学校から注文が入りました。中南米の日系人の子どもたちが大勢通っている学校でした。これをきっかけに、日系人の問題に関心を持つようになり、いろいろあって、会の設立に至りました。手弁当の活動ですが、1222日、23日には、ラテンアメリカの児童書展を横浜市鶴見区で開催します。
 二つ目は品ぞろえです。当初は手間を考えて、スペインからだけ本を仕入れる予定でしたが、だんだんと品ぞろえに欲が出てきて、他国―ベネズエラ、アルゼンチン―の出版社から直接本を買うようになりました。今もコロンビアの出版社と交渉中で、次はメキシコやブラジルの児童書も扱おうかと考えはじめています。また昨年、私自身が愛用しているMaría Molinerの電子版辞書のセール企画して好評だったのはうれしい経験でした。
 翻訳が忙しいとあまり力を入れられないときもありますが、この書店自体、翻訳同様、私の表現そのものになってきています。書店という場があるからこその広がりを楽しみながら、これからも細く長く続けていきますので、何かの折にどうぞのぞいてみてください。