2019年2月9日土曜日

ながいながい本の旅



昨日は、第64回青少年読書感想文全国コンクールの表彰式にご招待いただき、行ってきました。2年前に刊行された訳書、コンチャ・ロペス=ナルバエス著『太陽と月の大地』(松本里見絵、福音館書店)が、中学校の部の課題図書に選定され、昨日が発表の日だったのです。

感想文「目指す先にある世界」で最優秀賞(内閣総理大臣賞)を受賞した福島大学附属中学校1年橋本花帆さん、「認め合う心から未来へ」で毎日新聞社賞を受賞した萩市立萩東中学校の松岡灯子さんにお会いすることもできて、うれしいひと時でした。

表彰式の受賞者代表のことばのなかで、橋本花帆さんが、「わたしと会ってくれてありがとうとこの本に言いたい」と言ってくださるのを聞いて、この本を訳せて本当によかったと、心から思いました。
作家が書き、私が手にとり、通信添削や大学の授業の教材としてとりあげ、何度も読み、ようやく編集者さんと出会って本になり、それが読者の手にわたった、そのながいながい本の旅を感慨深く思いめぐらした、人生のご褒美のような午後でした。

愛知県岡崎市が独自で作成している、「読書感想文・読書感想画優秀作品集」というのに寄稿を求められて、この本について書いた文章を以下に再録します。

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分断ではなく、共に生きるために

 中学生のころ、学校に行くのがとてもつらい時期がありました。そのとき、私を救ってくれたのは「本」という友だちでした。本のなかに自分をはげましてくれる、ぴったりのメッセージがあったわけではありません。でも、本のなかに、今、自分がいるしかない世界とは違う世界があり、そこに自分が共感を覚えるということが淡い希望となって、その頃の自分をささえてくれていたのだと思います。
 本は、時間も空間もこえて、今とは違う世界に私たちを運んでくれます。いろんな世界を見せてくれます。
 この本の舞台は、四百年以上前のスペインという遠い世界です。しかし、この本を読むうちにみなさんは、主人公のイスラム教徒の少年エルナンドや、キリスト教徒の少女マリアと気持ちを重ねて、恋の喜び、そして、国の政治によって、友情や愛情や故郷など、かけがえのないものを失っていく悲しみに、胸をふるわせたのではないでしょうか。
 スペインの歴史はなじみがなく、人名や地名もちんぷんかんぷんだったかもしれません。でも、全部わからなくたっていいのです。物語を読んだあなた自身が感じたこと、考えたことが大切です。
 物語のなかで、山の上に立った少年が「人が豆つぶのように小さく見える。遠くから見れば、キリスト教徒もモリスコも区別がつかない。みんなただ、人間というだけだ。」と言うシーンがあります。
 国籍や宗教や考え方などの違いで、人はしばしば対立し、反目しあいます。でも、違いがあっても、同じ人間です。違いを並べ立てて分断するのではなく、違いを認め合いながら共生することが、ますます求められる時代を私たちは生きていると私は思います。「みんなただ、人間」というこの言葉は、時と場所を越えて、今こそ私たちに迫ってくるようです。
 自分はどんな未来を生きたいのか、この本を読んで、みなさんがそれを考え続けてくれたならうれしいです。
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授賞式のあとで、装画・挿画の銅版画家松本里美さんと編集者で軽く乾杯しました。




本が出たあとは、本にかかわった方と会うことが減るものですが、この本は課題図書に選んでいただいたおかげで、ここ2年、何かとお会いする機会があり、それもうれしいことでした。
松本さんは紅茶の専門家でもあり、大森の「葡萄屋ギャラリー」1階で、金・土・日は紅茶をいれていますので、ぜひお立ち寄りください。イギリス風のケーキもおいしいですよ!
https://www.facebook.com/Budoh.ya.Gallery/

2019年1月3日木曜日

2019年

明けましておめでとうございます。

根が楽天的なのか、年が明けると、前の年とは違うことができそうな気がします。今、抱えている翻訳も、まだ四苦八苦しているのですが、気分一新、翻訳に励みたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

以下、今年の主な予定です。

翻訳は、刊行が確実なものが7点。2月にコロンビアの絵本『おにいちゃんとぼく』が光村教育図書から、7月に待望のスペインの社会絵本シリーズ4点が刊行されます。さらにスペインのA buen paso という出版社から、コクマイトヨヒコさんの絵にチリのマリア・ホセ・フェラーダさんが文をつけた、Los animales eléctricos(でんきどうぶつ)というバイリンガルの絵本が近々刊行になり、こちらはミランフ洋書店で扱う予定。また、夏には昨年クラウドファンディングが成立した「黒い本」が出ます。
ほかに、YAの読み物、一般読者向けの短編集も進行中で、これもとても楽しみ。1つは、自分の原点に返るような仕事です。

大学の非常勤講師、イスパニカのスペイン語通信添削(「児童文学翻訳」「物語を読もう」)の講師も続けます。
「児童文学評論」も、今年はきちんきちんと書かなくちゃ。

それに、もちろんミランフ洋書店も! おかげさまで、リピーターや、図書館や学校でのご購入も漸増しています。今年もコツコツ仕入れをしていきます。
デザインのリニューアルもしたいけれど、そこまで手をつけられるか……。
ちょっとした相談にのってくれる、html の知識のある方、募集中です。
「何足の草鞋をはいているの?」と、友人にからかわれています。

そのほか、委員会活動として、理事を務めている、一般社団JBBY(日本国際児童図書評議会)と、NPO法人イスパJP(イスパニカ文化経済交流協会)があります。

JBBYでは、今年は翻訳関係の各種イベントなどを担当します。
イスパJPでは、去年に引き続き、スペインやアルゼンチンの翻訳助成申請サポートと、スペイン語文学のイベント企画と運営を担当します。
本業そのものではないけれど、本業を支えるための活動でもあるので、これらは私の中では「委員会活動」という位置づけです。

また、クラブ活動は、CLIJAL(日本ラテンアメリカ子どもと本の会)とJACBOP(アフリカ子どもの本プロジェクト)。
このあたりで、やや息切れ状態ですが、どちらも細く長く続けていきます。

それから、児童文学の読書会や、スペイン語の読書会、海外コミックの勉強会なども。
そうそう、今年は12月頭にグアダラハラのブックフェアにも行きます。

なかなか充実した1年になりそうで、緊張もしますが楽しみのほうが大きいかな。
どうかよい1年になりますように!

昨年の年の暮れに竹芝桟橋から。

2018年11月3日土曜日

『まめつぶこぞうパトゥフェ』こぼれ話

10月に刊行された『まめつぶこぞうパトゥフェ』(ささめやゆき絵、BL出版)ですが、前のブログで書ききれなかったエピソードを書きだしてみました。

・パトゥフェがお使いにいくときに持っていくおかねは、アマダス版ではカタルーニャの古い硬貨、絵本によって「1センティモ」となっています。要するに、安い「硬貨」「コイン」なのですが、それではイメージがわかないだろうと、最初の原稿では「銅貨(どうか)」としていました。
 ところが、絵があがってきたとき、お金の色が灰色っぽく、どう見ても銅貨に見えません。でも、絵を変えたくなかったので、どうしようと悩んだ末に、シンプルに「おかね」にしてみようということになりました。
 そこで、「おかね」にするために、多少前後のテキストをいじってみると、驚いたことに、結果的に全体により親しみやすく、「銅貨」よりもよくなりました。
 自分では一番いいと思って仕上げたテキストでも、「これじゃなきゃだめ」ということはなく、テキストというのは柔軟なものだと、改めて思ったのでした。

・絵を描いていただく前に、カタルーニャの風景や風俗の絵や写真を編集者さんにお送りしました。サフランを買いにいくお店は、よろずやのようなイメージでした。ささめやさんから、欧文を入れたいという希望があり、カタルーニャ人の友人に確認し、botiga de queviuresという語を入れてもらうことになりました。
 そういえば、「サフラン」がスパイスの1種だとは、子どもにはわからないかもしれません。でも、わからないからと、別のものに変えず、そこはそのままいきたいと思いました。舞台はカタルーニャだからです。「サフランってなに?」と聞かれたら、まわりの大人が教えてくれるといいなと思います。わからないなら、ぜひ調べてみてください。

・絵本をつくるとき、ほとんどの場合、編集者さんと会って読み合わせをします。今回は、編集者さんが神戸にお住まいだったので日程と場所の調整がたいへんでしたが、どうにか8月頭に大阪に行き、印刷所に入れる直前の段階で読み合わせをできました。
 1回目は、読みながら、ときどき止まって必要な修正を入れていきました。そして、2回目、最終的な形を見るつもりで、もう一度読んでいきました。そのとき、編集者さんが、「ん?」と行って、途中で手をとめました。
「どうしましたか?」とたずねると、「このテキストは、このページより、むしろ前のページに入ったほうがよいのではないかと思って」とのこと。「おかね」に関連して、テキストをほんの少しいじった部分でした。
 テキストを前に移して読んでみると、確かにそのほうが絵とぴったり合います。そこで、その数行のテキストの位置を変えました。
 絵を見ながら耳で文章を聞いて、ページをめくっていく絵本の妙! 編集者さんの目の確かさと、読み合わせの大切さを改めて実感した出来事でした。

・テキストの段階で迷ったのは、「おならをする」という言葉です。最初は、パトゥフェの歌の部分は、「おならをすれば」ではなく、「へをこけば」としていたのですが、今の子どもには「おならをすれば」のほうがピンとくるのでは、ということで修正しました。
 こういうのは、とても迷うところです。

・「後書き」で、底本のジュアン・アマダスの昔話集に従って、「へいにはまった」と終わらせたと書きました。ですが、実はテキストを完成させた段階では、どんな終わらせ方にするか、まだ決まっていませんでした。
 おならでとびだしたパトゥフェが、おひゃくしょうさんとおかみさんのもとに戻ってもいいし、へいにはまりこむにしても、そこにおひゃくしょうさんとおかみさんを描きこむという選択肢もありえます。
 迷ったすえに、編集者さんと、ここは、ささめやさんの絵がどうなるかで考えましょうということになり、あがってきたのが、今のものでした。
「へいにはまった」では、なんだか尻切れトンボになるかなとも思ったのですが、ささめやさんのこの絵のとぼけたかわいさがすっかり気に入り、この形におさまりました。

・底本にした『カタルーニャ民話選集』を書いたジュアン・アマダスは、ウィキペディアでは、ホアン・アマデスとなっていますが、カタルーニャ人なので、正しくはジュアン・アマダスです。カタルーニャの伝統、習俗について、何冊にもわたる本を書いた民俗学者で、柳田國男とほとんど同時代人です。

ささめやさんとともに。後ろに双子の牛が!

・カタルーニャ文学者の田澤耕先生は、私が『パトゥフェ』を日本語にしたと知ったとき、思わず拍手をしたくなるほどうれしかった、カタルーニャの人々にとって、『パトゥフェ』はアイデンティティの一部といってもいいほど大切な存在。それが日本語になった意味はとても大きいと思う、とおっしゃってくださいました。

 実は、「パトゥフェ」の名で、カタルーニャで親しまれているお話のタイトルを、『まめつぶこぞうパトゥフェ』としたのには理由があります。『パトゥフェ』としたのでは、日本では覚えてもらいにくく、図書館や本屋さんでタイトルを言っても、聞いたことがない人には、問い返されるのがおちだろうと思われたからです。
『まめつぶこぞうパトゥフェ』なら、「まめつぶこぞう」で、レファレンスにひっかかるでしょう。「パトゥフェ」という名前をおぼえてもらえたら、もちろんうれしいので、このお話が気に入った方は、ぜひとも言えるようになってくださいね!
 
 20年前に、子どもたちとともに出会ったカタルーニャの人々や風景を思い出し、この絵本を手がけられてよかったなと改めて思っています。
 

2018年10月25日木曜日

『まめつぶこぞうパトゥフェ』


   『スペイン・カタルーニャのむかしばなし
    まめつぶこぞうパトゥフェ』
   宇野和美 文
   ささめやゆき 絵
   BL出版
ふむなよ ふむなよ パトゥフェがいくよ
スペイン・カタルーニャに伝わる
豆つぶほどしかない小さな男の子のユーモアあふれるおはなし
(帯より)
カタルーニャの大好きな昔話が、ささめやゆきさんの絵で、すてきな絵本になりました! 

「日本の画家さんに絵を描いてもらって、スペインの昔話を絵本にする」という、初めての再話のお仕事をいただいたとき、一番最初に思い浮かんだのがこのお話でした。
 小さな小さな男の子が、踏みつぶされないように大声で歌いながらお使いに行き、1度めはうまくいくけれども、2度目のおつかいで牛に飲みこまれてしまい……、というストーリー。
カタルーニャ語の『パトゥフェ』の絵本と、底本にした昔話集。
 昔話のなかでは、しばしば最も取るに足りなく見える者が手柄をたてます。このお話でも、けしつぶほどしかない小さな男の子パトゥフェが活躍します。すっかり一人前の気分で歌をうたいながらパトゥフェがお使いに行くシーンは、なんともほほえましく痛快です。また、姿が見えなくなったパトゥフェを、お父さんとお母さんが探すシーンは、いざとなったら家の人が来てくれるという安心感があります。
 日本でもこのお話は、小さい人たちが冒険するのを、そっと後押ししてくれそうな気がしました。
 
 ……なんだか小難しくなってしまいましたが、ともかく、まずは絵本を開いて、楽しんでもらえたら何よりです。ささめやさんのパトゥフェは、実に愛らしく、おしゃれでかっこいいのに気取りがなく、それでいて、読む人に心にすこーんと飛びこんでくる強さがあります。どうかかわいがってください。

 パトゥフェがおつかいに行くときに歌う歌は、原書だと
 パティン、パタン、パトゥン Patin, patan, patun
 となっています。
 以前、サン・ジョルディの日に、カタルーニャの人たちの前で、カタルーニャ人の知人と二人でこの本を二か国語で読んだら、このくだりで全員が声をそろえて歌いだしたので、びっくりしたことがあります。
 でも、日本語だとリズムにのりにくいかなと思って、途中原稿では、まったく違う日本語に変えていたのですが、最後は、ちょっと並びをかえて、
 パタン、パティン、パトン
 と、することにしました。
 原書のとおりではありませんが、小さいパトゥフェのはずんだ感じが出せたかな。

 姉の1年生の孫息子は、この本を読んだらとても気に入って、まだ得意ではないカタカナもなんとかして、ひとりで読もうとしていたとか。
 はっきりとした大きな画面なので、学校での読み聞かせにも向いています。明るい気持ちで1日をはじめられるでしょう。

 ささめやさん、そして、最後まであきらめず、美しい刷色を出してくれた編集者さん、ありがとうございました。


 後書きのなかでふれている、カタルーニャのクリスマスの「カガネー」は、こんな人形です。

 丸太の人形が「カガティオー」で、両側のかがんでいるおじさん、おばさんの人形が「カガネー」。おじさんは、パトゥフェと同じ赤い帽子をかぶっています。
 後ろから見ると、おしりが出ていて、その下にしっかりとぐろを巻いているものがあります(笑) カガネーについてもっと知りたい方は、こちらの本をどうぞ。


 
  

2018年10月3日水曜日

『いっしょにかえろう』



『いっしょにかえろう』
ハイロ・ブイトラゴ文
ラファエル・ジョクテング絵
宇野和美訳
岩崎書店
2018.9刊

女の子が花をさしだして、ライオンに言います。
「いっしょに うちに かえってくれる?」
ライオンがいっしょにいるのを見て、まわりの人たちはびっくり!
ライオンの背にのって、うれしそうにうちに向かう女の子。
その後、途中で保育園に弟を迎えにいき、お店で買い物をし、うちに帰ると、ご飯をつくります。夕ご飯がすんだころ、疲れたようすでお母さんが仕事から帰ってきます。
そこで、ライオンは帰っていきますが……。

この子のお父さんはどうしたのだろう? 死んでしまったの? それとも戦争に行ったの?
ライオンは想像上の友だち? それともほんもの?
こたえは書かれていません。
でも、学校にひとりで通い、遠い道のりを歩いて帰り、働いているお母さんのかわりに、弟のめんどうを見たり、家のことをしたりしている女の子が、きっととても心細いのだろうということは痛いほど伝わってきます。
まだまだ好きなことをして遊んでいたい子どもなのに……。
ライオンは、だれかに守ってほしいという、この子の願いの産物かもしれません。

文を書いたブイトラゴは、これはコロンビアだけでなく、ラテンアメリカの現実を反映している物語だと言います。貧困や政情不安によって、ラテンアメリカの多くの国の子どもたちは、このような状況におかれていると。
女の子とライオンとのやりとりが、そんな子どもたちの毎日、そのよるべなさをうかびあがらせています。

タイトルは、スペイン語ではCamino a casa (帰り道)、英語版はWalk with me(わたしと歩いて)ですが、いろいろ考えたすえに『いっしょにかえろう』としました。

でも、この作品を読むと、「これってラテンアメリカだけのこと?」とも思うのです。
いや、日本にだって、多少状況は違ったとしても、同じような思いをかかえた子どもはいるでしょうし、世界のどこにでもいるでしょう。
わたしたちが見えていないだけで。

ブイトラゴは、さまざまな社会的なテーマを物語の形で子どもに伝えることにこだわり続けている作家です。おとぎ話は書けないのだと言います。

すでに翻訳のある、やはりジョクテングとの共作の『エロイーサと虫たち』(さ・え・ら書房)では、戦乱によって故郷を追われ、見知らぬ都会で暮らしはじめた父と娘を描いています。
また、このあともブイトラゴとともに、アメリカ合衆国の国境を越えようと旅をする父子の作品や、他の絵本画家ととももに、ボゴタの下町を舞台にした時計職人の物語など、コンスタントに発表し、スペイン語圏やアメリカで注目を集めています。



1980年代から、自分たちのことを絵本で表現しはじめたラテンアメリカの作家たち。ブイトラゴは、現在その先頭に立って、声高ではなく、静かに、けれども真摯に熱く、多様な読みを誘う深い作品で、現実を伝え続けています。
この機会に『エロイーサと虫たち』も、改めて手にとってもらえるといいなあと思います。

表紙に出てくるライオン像の台座の1948年という年は、コロンビアの政治家ホルヘ・エリエセル・ガイタンが暗殺された年で、最後の見開きにある新聞にちらっと見える1985年は、コロンビアの最高裁占拠事件があった年だと、ブイトラゴはメキシコの新聞「エルウニベルサル」の記事(2018年6月30日付)で語っています。この占拠事件では、反政府ゲリラによって最高裁の建物が占拠され、判事や市民を含む115人が犠牲になりました。

「風の川辺賞」は、メキシコの政府系の出版社フォンド・デ・クルトゥラ・エコノミカ社が主催するコンクールで、未発表の作品を募集し、大賞をとると同社から作品が刊行されるというものです。新人作家の登竜門的な賞ですが、フォンド・デ・クルトゥラ・エコノミカ社は、
メキシコだけでなく、スペインやラテンアメリカのその他の国にも販売網があるため、同社で刊行されると、スペイン語圏の多くの国に広く知られるのが大きな魅力です。
ブイトラゴとジョクテングが大賞をとった年には、きたむらさとしさんも審査に加わり、この作品を高く評価したと聞いています。

本書は、カナダのグラウンドウッド社から英語版が出ており、アメリカでもIBBYアメリカ支部の推薦図書になり、高い評価を得ています。

Publishers Weekly の書評はこちら

子どもには難しいんじゃない?と自主規制せず、子どもたちと読んでもらえたら何よりうれしいです。

アメリカでこの本を見つけてきて、翻訳の機会をくださった岩崎書店さんに感謝しています。
いい仕事にめぐまれて、しみじみうれしい。




2018年9月21日金曜日

母の里帰り

母の実家の近く。香川県は山が丸っこい。
姉とともに母を連れて、香川県三豊市と直島に行ってきました。今年の夏最後の、そして私たちにとってはとても大きなイベントでした。

三豊市山本町辻は母の郷里です。母がそこで過ごしたのは女学校のときだけですが、母の両親のお墓があります。また、昨年亡くなった父の初任地だったのが、香川県の直島で、入社から2年ほどで結婚した(はやい!)父が、母と新婚時代を過ごしたのもこの島。
縁のあるベネッセが開発を始めてから、いつか行こうとずっと誘ってきましたが、結局父は行けずじまいでした。せめて母は連れていきたいと、姉とどうにか日程を合わせて実現しました。

新幹線で岡山まで行き、観音寺まで特急で1時間。昔、岡山ー宇野ー(宇高連絡船)-高松ー観音寺と、まわっていたときとは段違いの速さです! 観音寺から山本町までは、叔父の車で20分ほど。
何かというと「山本に帰ろうかしら」と口にする母ですが、着いてみると、かなり混乱し、山本にいるという実感があったのか、なかったのかも不明です。でも、お墓に、朝鮮で亡くなった母親の名があったのがうれしかったらしく、そのことばかり繰りかえしみなに話していました。

翌日は、母の妹夫婦と直島に渡り、弟夫婦とも合流。高速船には、おしゃれな若い人がいっぱい! 
直島勤めのつれあいがレンタカーを借りて、家プロジェクトや地中美術館など、島内のスポットを解説つきで案内してくれたのは、ほんとうにありがたいことでした。

高松からの高速船が着いた本村の港

最後の日は、ベネッセハウスミュージアムのあと、両親が住んでいたあたりへ。前日昼ごはんを食べたお店の大将が、昔、父と同じ会社に勤めていたとのことで、母の話によく出てくる所長宅、家族寮、購買部、パーマ屋やさんなどが、どのあたりだったかを教えてくれたのは幸いでした。60年前の面影はほとんどないようでしたが。父が、夏になると工場が終わったあと(朝が早いかわり、3時半か4時には終わっていたらしい)、浜から泳いでいたという灯台は、宮浦港にある2つの小さな灯台の間あたりに昔あった灯台だろう、ということなど、教えてもらわなければわからないことでした。
父が泳いだと思われる小さな浜

この赤い灯台の左のあたりに、昔は灯台があったらしい
ベネッセハウスミュージアムは、ひとりで見たのではさっと通りすぎてしまいそうだけど、説明してもらうとふーんと思うものがいっぱい。
柳幸典「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」「バンザイ・コーナー」とか、リチャード・ロング「瀬戸内海の流木の円」とか、また見にいきたいなあ。

杉本博司「タイム・エクスポーズド」の一部

安田侃「天秘」から眺める

特別何をしたわけでもないけれど、ずっと東京にいなくてもいいなという気持ちが強くなった旅でした。両親の住まいの片付けが終わって、モノを持つことにネガティブな気持ちが強くなっているのかも。
若いときと違った意味で、自分はどこまで行きたいのだろうと考えています。

2018年7月28日土曜日

『むかし こっぷり』



『むかし こっぷり』
おくやまゆか著
KADOKAWA

 あなたのおはなしを描かせてください
 いつか消えてしまうその前に
(オビ文)
 
 著者自身が、ご両親やおじさん、おばさん、職場の同僚など、周囲の人から聞いた子どものころのエピソードをもとに描いた、10の短編まんがが収録されているコミックです。
 1編をふと開いたらやめられなくなり、一気に読んでしまいました。

 子どもならではの喜び、そして特に悲しみが、どの作品にも息づいていて、自分の記憶の底をゆすぶられるような思いがしました。

「山の一夜のはなし」のなかに、「日中存分に雪山を滑りライスカレーの夕食を済ませた夜七時ごろ」という文章があります。
 近頃はレストランでも「カレー」か「カレーライス」が普通だと思うのですが、うちの母もやはり「ライスカレー」と言います。「ライスカレー」と呼びつづけている母らしさを、なんだかせつないような気持ちでいつも聞いているので、この文章を読んだとき思わず二度見し、著者は、ひとりひとりの語りにほんとうに真摯に心をこめて耳を傾けたのだなと思ったのでした。
 
 浜辺で友だちと遊んでいると、なぜか自分だけに10円玉をくれた学生さんのこと、戦時中、飼っていた鶏の1羽が死んでしまったときに、残った鶏が見せた表情の思い出、善光寺にまいったときに、お戒壇めぐりでおばさんとはぐれたときのことなど、どのお話もとてもいいです。どの作品にも、子どもの気持ちを感じ取る感性と、そこはかとない詩情が感じられます。

 おくやまさんは以前、私が訳した『ふたりは世界一!』(偕成社)の挿絵を担当してくださって以来のおつきあいです。「このお話、とても好きでした」と言ってくださり、すてきな本になりました。
 その後、『IDEAL』(同学社)というスペイン語の教科書をてがけたとき、おくやまさんの絵だったら、大学生が楽しくスペイン語を勉強できそうな気がしてお願いしたら、快くうけてくださいました。ユーモアとちょっと脱力感があって朗らかな絵は、何度見てもあきません。

 おくやまさんの作品をもっともっと読みたいです。教科書のカットなどを描いてもらっている場合じゃありません。
 戦時中の人々の暮らしの一端ものぞけるので、中学、高校の図書館にもおススメです。