2020年7月23日木曜日

Mar dulce スケッチ(6) ディエゴの原画を見る

1月末にモンテビデオを訪問したとき、スペイン文化センターというスペイン政府の施設でちょうど、ウルグアイの作家マリオ・レブレロ(1940-2004)の展覧会が開かれていました。
そこにディエゴ・ビアンキさんの絵本Cuentos cansados の原画が展示されているときいて、実はモンテビデオの街に出て一番に連れていってもらったのがここでした。



ディエゴ(と、呼んでしまおう!)は、 昨年6月末、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展のときに板橋区立美術館で開催された夏のアトリエの講師として来日したアルゼンチンのイラストレーターです。成田空港へのお迎えから、前日の打ち合わせ、5日間のワークショップ、翌日の講演まで、通訳としてご一緒させてもらい、濃密な1週間を過ごしました。私にとっては、またとても大きな出会いでした(書ききれないので、詳細はここでは割愛しますが)。
ディエゴ・ビアンキについて詳しく知りたい方は、雑誌『イラストレーション』No.224 2019年12月号をご覧ください。来日のときのインタビューと、彼の作品が紹介されています。

このCuentos Cansadosは、息子ニコラスにねだられて、くたびれた「わたし」が、くたびれたお話をしてやるという、ちょっととぼけた味わいのあるお話です。冒頭部分を紹介しましょう。
ニコラス:ねえ、おはなしして。 
わたし:だめだ。くたびれてるんだ。 
ニコラス:くたびれててもいいから、おはなしして。 
わたし:しょうがないな。でも、くたびれたおはなしになるぞ。 
ニコラス:うん、いいよ。くたびれたおはなしでいい。 
わたし:よし。(ふぁー)むかしむかし……(ふぁー)……あるところに、とてもくたびれた男の人がおりました。とても、とてもくたびれていたので、ねるのに、家に帰ることもできなくて……(ふぁー)……もっていたかさを開いて、じめんの上にさかさまにおいて、かさの中にねころんでねむりました。ぐうぐう、ぐうぐうねむるうちに、雨がふりだしました。ざあざあ、ざあざあ、雨がふって、しまいにかさいっぱいに雨がたまって、男の人はおぼれそうになって、「おぼれるー、たすけてくれー!」とさけびながら、目をさましました。男の人は起き上がると、雨がふっているのを見て、雨をよけようとかさをつかみましたが、かさの中にはいっぱいに雨がたまっていたので、ザバーッと雨をかぶって、ますますずぶぬれになってしまいましたとさ。おしまい。 
ニコラス:もうひとつ。
(2ページより)
ディエゴはこの親子を、鳥の姿で描き、テクストの空想をさらにおし拡げるような絵を繰りだしていきます。テクストと絵のどちらも読む楽しさがたっぷりある、豊かな絵本です。
原画は、本で見るよりも色鮮やかで、1点1点見入ってしまう美しさでした。

この絵本を作るとき、ディエゴはレブレロの短編を読みこんで研究したと言っていたので、「訳したいけど、まだ研究不足」と私が言うと、「そこまでしなくていいよ」と言っていましたが。この絵本、日本でも紹介したいな。

この絵本の制作のようすのビデオはこちら
この展覧会のときに、この絵本についてディエゴがラジオ番組で語ったものはこちら。(スペイン語)
また、まだ少し先ですが、英語版が出るそうです。予告はこちら

レブレロの展示は、レブレロのめがねがあったり、昔の雑誌のコラージュがあったり、インスタレーションがあったり立体的で、とてもおもしろいものでした。

スペイン文化センターは、昔は金物屋だった建物のようです。
スペインは、スペイン語圏以外の国にはセルバンテス文化センターを起き(日本にもあります)、スペイン語圏の国には、スペイン文化センターを置いているとのこと。


この展覧会が見られたのは、ほんとうにラッキーでした。

2020年7月7日火曜日

Mar dulce スケッチ(5) モンテビデオの本屋さん

スペイン語圏の本屋に入ったとき、まず最初に考えるのは、「日本でも手に入る本」か「日本では手に入らない本」かということだ。
スペインに某密林書店が進出してから、日本にいながらにして手に入るスペイン語の作品は驚くほど多くなった。自分が若い頃のことを思うと、(当たり前だが)隔世の感がある。

日本で手に入る本なら、わざわざ旅先で買って、重さを気にしながら持ち帰ることはない。買うなら、日本で手に入らない本がいい。
中南米のスペイン語圏の書店で並んでいる本は、オリジナル言語がスペイン語でも、もともと出版されたのが、その国ではないことが多い。スペインで作られた本だと密林で買えることが多く、そういう本を買ってしまうと、あとでがっくりする。

そんなわけで、モンテビデオで、一番充実した書店と言って連れていったもらったMás Puro Verso でも、まずは日本では手に入らない文学作品を探した。

モンテビデオの書店 Más puro verso



しばらく棚を見ていると、その本屋が、ジャンルや作家の出身国について、どのくらい意識しているか、見えてくる。文学の棚が、スペイン語(その国、それ以外のスペイン語圏)と海外に分かれていると嬉しくなる。でも、分かれていなくても、テーマやジャンルで刺激的な棚になっていることもあって、へーっと思うことがある。

棚を見ていたら、「読んでくれ」と呼びかけてくる本があるものだ、という知人がいる。あやかりたいが、私はいっこうにそういう境地に達しない。だから、本屋さんに入ってしばらく見てから、店員さんにおすすめの本を教えてもらうのが好きだ。そうすれば、思わぬ本に出会う楽しみがある。

いきなり「おもしろい本をすすめてください?」と聞いたのでは向こうも困るだろうから、もうちょっと絞り込む。この本屋さんでは、「長く読み継がれているウルグアイの児童文学作品」と「ウルグアイの現代の女性作家の作品」を、紹介してもらった。本を見せてもらいながら、スペインだとこういう作品が好きなんだけどとか、この作家のこれがおもしろかったとか、このジャンルは苦手だとか、自分の好みを話していくと、それならこれはどう?などと、話題が広がっていく。

たとえば、この書店では、こんな本や、

ウルグアイ児童文学の古典的作品。

こんな本を教えてもらった。
1975年生まれの女性作家の作品。ロードムービーのよう。

モンテビデオに行く機会があったら、ぜひお立ち寄りください。

Más puro verso 
Peatonal Sarandí 675




2020年7月3日金曜日

Mar dulce スケッチ(4) モンテビデオのボローニャ展入選作家たち

モンテビデオに行ったら、ボローニャ展の入選作家に会いたいなと思っていました。

ここ何年か、日本で開催されるイタリア・ボローニャ国際絵本原画展の図録で、スペイン語圏の入選者たちの名前やタイトル翻訳の仕事をいただいていて、どうしてもわからないことがあると、作家ご本人とやりとりすることがありました。

2019年の、セシこと、マリア・セシリア・ロドリゲス・オドーネさんの作品タイトルもそうでした。もらった書類にhomeraとあり、 homero なら「ホメロス」だけれど、homeraはその女性? でも、絵とのつながりがさっぱり見えず、本人に確認したのでした。
すると、homeraではなくて、hornera だったのが判明。horno(かまど)みたいな巣を作る鳥「カマドドリ」のことだったのです。確かに、絵を見ると、鳥と巣が描かれています。シルクスクリーンのシックな色使いの作品です。
https://www.instagram.com/ceciro/
(入選作品は、こちらの2018年10月の投稿に出ています。)

連絡したところ、1月30日に友達の本のプレゼンテーションに行く予定だから、そこに来ないかと誘われました。友人が一緒に行くと言ってくれて、二人で出かけました。
行ってみると、会場は旧市街の共同アトリエとなっている家で、あらゆるところがアート。来ているのもアーティストらしい若い人ばかりで、まったく場違いなところに迷いこんでしまったようでした。

共同アトリエの家の屋上テラス。

壁という壁に絵が




セシさんは、ボローニャ入選者2018年のダニ・シャルフさん、2019年のサブリナ・ペレスさんも呼んでくれていて、なんとダニさんが、第一声、友人の名前を呼んだのでびっくり! そういえば、シャルフという姓の読み方に自信がなかったので、私が友人にたずね、友人がHP経由で本人に確認してくれたということが、一昨年あったのでした。
https://www.instagram.com/danischarf/

また、サブリナさんも、タイトルOut there をどう訳せばよいかわからず、昨年問い合わせをしていました。
https://sabrina-perez.format.com

そんなわけで、地球の反対側で、ボローニャ入選作家の若いアーティストたちとおしゃべりを楽しみました。3人とも、まだ出版経験はないそうですが、サブリナさんは、今とりかかっている本があるとか。昨年のちょうど今頃、板橋区立美術館で出会った夏のアトリエの受講生たちの姿とも重なって、胸が熱くなりました。
セシさんが手がけたという、旧市街に入ってすぐの広場にある壁画を見て家路につきました。

セシさんは、アーティスト・イン・レジデンスがあれば、日本に来たいとのこと。コロナ禍で今はそれどころではなさそうですが、その方面のことをご存知の方、情報をいただけたらうれしいです。

2020年7月1日水曜日

Mar dulce スケッチ(3) パニと2人のぺぺ

昨年、大学の「ヤングアダルト文学講読」の授業でHistorias de la cuchara: cuentos latinoamericanos sobre historia y buen comer(おさじの物語 歴史とご飯についてのラテンアメリカ短編集:María Cristina Aparicio, Norma, 2011)という本を読みました。ラテンアメリカ各国の名物料理と歴史をからませた短編集です。その中の、ウルグアイの短編Empanadas criollasは、エンパナーダを作る男の子のこんなお話でした。

モンテビデオに住む二人の兄弟。兄のパニはデブで運動神経も頭も鈍く、みなからバカにされているが、人あたりがいい。弟のペペはかっこよく、サッカーをやらせればピカ一。最初はサッカーに夢中だったパニだが、自分がぺぺのようではなく、みなの足をひっぱっているのがわかると熱が冷め、日曜日に父親や弟とテレビでサッカーの試合を見るのもやめて、母親のエンパナーダづくりを手伝うようになる。パニが近所で上手に注文をとるようになると、母のエンパナーダ屋は大繁盛。父親も会社をやめて、エンパナーダ作りを手伝うようになり、一家の暮らし向きもよくなる。
一方、サッカーが得意だった弟ぺぺは、勉強もできて、医学部に進むが、社会運動にかかわるようになる。トゥパマロスの活動に参加して、警察から追われ、身を潜めて暮らすようになる。
そんなある日、ぺぺがパニに、肉を手に入れたので、長持ちさせるためにチョリソを作りたい、作り方を調べて教えてくれと頼んでくる。パニはトゥパマロスの隠れ家に教えに行くが、それでもまだ肉は余っている。パニは、次はエンパナーダを教えてやると約束する。ところが、エンパナーダを作っているところで警察の手入れがあり、パニは捕まってしまう。
パニは拷問を受け、仲間の居所をはけと言われるが、何も言わない。拷問でほとんど死にかけたとき、やってきた警官が、「なんだパニじゃないか」と言う。「こいつがトゥパマロスのはずがない。エンパナーダを作るしか能のないうすのろだ」と。じゃあ、それを証明しろというので、パニは震えながら、警官たちの前でエンパナーダを作り、釈放される。その後、エンパナーダ屋は繁盛し、パニは奥さんとともに6店舗に店を広げる。
ぺぺはその後警察につかまり、15年投獄されたあと、やせ細って帰宅する。
ぺぺはパニに初めて謝るが、パニは「ぼくは何も知らなかったから、何も言わなかったよ。知ってたって言わなかったけどさ」と答える。兄弟は日曜日に二人そろって、テレビでサッカーの試合を見るようになる。

トゥパマロスというのは、『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(くさばよしみ文 汐文社)で知られる、元大統領のホセ・ムヒカさんも属していたグループです。

ムヒカさんも一時収監されていた刑務所、プンタ・カレタス刑務所が、今はショッピングセンターになっているということで、モンテビデオに着いたその日の午後、友人に連れていってもらいました。



旧刑務所を見て、パニとぺぺの物語を思い出しました。ちなみに、ぺぺというのは、ムヒカさんの愛称です。

そういえば、この物語に出てきたサッカー場センテナリオを、外からだけでも見てくればよかったと後で思いました。授業で「Centenarioはサッカー場ですね」と説明したら、「サッカー場をCentenarioというとは知らなかった」と学生がリアクションペーパーに書いてきて、焦って説明し直しました。説明は難しい。「甲子園」は野球場だけど、野球場は甲子園ではないのであーる。

また、この物語に「チリやアルゼンチンやブラジルの仲間から拷問の仕方を習った政府」と言う表現が出てきましたが、学生にはすぐにはピンとこなかったようでした。こういうのが、面白いんだけどね。

パニは学生に人気で、「パニ、かわいそすぎー」と、みな途中でさんざん気を揉んでいました。
これも、いつか訳したい本のひとつ。

日本でムヒカさんは人気ですが、ウルグアイ在住の知り合いは「理想は高いが、口ばっかりで、結局何もしなかった」と辛口でした。