2016年4月29日金曜日

イソール作『ちっちゃいさん』刊行になりました!!!


アルゼンチンの絵本作家イソールの『ちっちゃいさん』(原題El Menino) が、いよいよ刊行になりました。
赤ちゃんがテーマの絵本です。

最初に手にとったとき、ひと目見て、「わ、かわいい!」と思いました。単純な線で描かれていますが、どの絵も赤ちゃんの特徴をとらえて、実に愛らしいのです。
でも、かわいいばかりじゃないのがイソールなんですね。ほかの絵本のような毒気はないものの、予定調和とは無縁な意外性あふれる展開で、読者をうならせます。

赤ちゃんの本なのに、パパ、ママという言葉は、赤ちゃんがやってくるシーンにしか出てこないのもポイントです。ユニセックスな赤ちゃん本です。

講談社のホームページ用に書いた紹介文は、こちらをご覧ください。→講談社特設ページ
かなり力が入ってます(笑)

『かぞくのヒミツ』の、髪の毛が逆立ったお母さんや、『うるわしのグリセルダひめ』(どちらもエイアールディー刊)の、王子や騎士の首がころころころがる絵を見て、ええーっと思った人も、この本を見て、イソールの作家性を見なおしてくれるといいなあと思っています。

「だって、こんなふうに考えたらおもしろいじゃない?」と、イソールが投げかけてくれる視点が、読者のかたまった脳みそをやわらかくし、心を自由にしてくれるように思います。
人間性とユーモアにあふれた、スケールの大きな作家です。

それに、この絵本の何よりの特徴は、プレゼントにうってつけだということ。訳しながら私も、あの人にもあげたい、この人にもあげたいと、いろんな人の顔が浮かんできました。
刊行後すぐに、「友だちのプレゼントに買ったよ」と言ってくれた友人知人がいたのも、うれしいことでした。読むと、だれかにあげたくなる本です。

テキストは単純ですが、実によく考えられています。編集者さんに多分に支えられたこのあたりの翻訳の裏話は、またあとで。

手にとっていただけたらうれしいです。

2016年4月11日月曜日

クレンフォル校

バルセロナの日々(14)

シャラウ校に行った翌日の9月13日、サルダニョーラの地図と7月に留学生課でとりよせてくれた市内の学校リストをもう一度取り出し、改めて通えそうな私立校さがしにとりかかった。
 スペインの住所は通りの名前と番地からなる。番地は、通りの片端からだんだんと大きくなっていき、大きくなる方に向かって道の右側が偶数、左側が奇数、つまり右側は、2、4、6……となり、左側は1、3、5……となる。だから、住所がわかれば、どの通りのどこらへんで、道のどちら側にあるかまでわかるしくみだ。
 手始めに、郵便局や駅に行く途中で見かけた学校らしき建物の場所を地図で確かめ、校名をつきとめて2校に電話してみた。だが、どちらもあきはなし。どうせ、少し遠いから、と自分をなぐさめる。
 そこで、学校のリストにある私立校の場所を、一校一校地図で確かめにかかった。クレンフォル校を見つけたのはそのときだった。なんだかスペイン語らしくない校名の学校が、案外近そうなところにある。少なくともシャラウ校よりだんぜん近い。普通の学校だろうか。
 電話で用件を告げると、元気のいい男性の声が、あきならある、いらっしゃいと言った。
 あんまりあっさりと言うので、「日本から来たばかりで、スペイン語はもちろん、カタランもてんでわからない子どもですよ」と思わず念を押した。「だいじょうぶ、面倒みますよ」と自信たっぷりの返事。ほんとかなあ。あまり調子がよすぎるのも考えものだ。
 スペイン人ははったりが得意だ。というか、間違いを恐れないというのか、あやふやさを感じさせまいとするというのか、そのくせ途中であっさりこけて、謝るどころか自信たっぷりに言い訳する。もちろんそうでない人もいるが、もともと責任に対する考え方が違うのだろう。少なくともこういうとき謙遜する習慣はない。
 電話だけで決めるわけにはいかないので、翌日一度学校を見にいく約束をした。「だれをたずねていけばいいですか」とたずねると、その男性が、「私をたずねてきてください。校長のエドワルドです」と言った。校長先生だったのか! 1年間、担任として本当によくアキコの面倒を見てくれたエドワルド校長との出会いだった。
 翌朝9時過ぎ、3人の手をひいて学校を訪ねた。子どもたちはおっくうがって、「えっ、また別の学校に行くの? こないだのとこにするんじゃないの?」と、士気があがらない。それはそうだろう。シャラウ校をやめにしようと思っているとは、子どもたちには話していなかったからだ。「でも、こないだのところ、遠かったじゃない。もっと近くていいとこがあるかもしれないから」と、ともかくひっぱっていく。
 5分ほどで書いてあった住所の付近に来た。5分なら上々だ。でも、学校ってどれ? 番地のところに立っていたのは、4階建てだかのアパートのような小さな四角い建物だった。見ると、建物は二つの通りにはさまれており、狭い通りの門と建物の間には、縦横20歩ずつくらいの大きさのコンクリの狭い庭らしきものがある。片方の隣は建物だが、もう片側は小さな公園になっている。これが学校?!
 門の呼び鈴を鳴らすと、女の先生が2人、にこやかに迎えてくれた。エドワルドは用事で出かけたが、話は聞いているので案内しますと言う。校長先生がいないのにがっかりしたが、いい学校でありますようにと祈るような気持ちだった。
 1フロアに、教室は2つか3つだけ。中に入ると、建物の3階に体育の部屋(体育館と呼ぶにはあまりに狭い)、屋上に幼児の遊び場など、思いがけない空間があった。幼稚園・小学校とも、クラスは各学年1クラスだけ。タイシの入る年長は11人、アキコの入る2年生は13人と人数だと言う。多い学年でも20人いない。
 何もかも小さな学校だった。校庭がこれっきりじゃ、体育はどうしているんだろう。けれど、小さいのはこの子たちにとっては好都合かもしれない。案内してくれた先生は2人とも穏やかで感じがよく、歓迎ムードだ。翌日から始まる新学期のために整えられたこぢんまりした教室も、あたたかい感じがする。これなら、よく面倒をみてもらえるかもしれない。
 またまた決断のしどきだと思った。新学期は翌日9月15日からだ。初日からなんとしても通わせなければということはないが、最初から入るにこしたことはない。子どもたちは、これ以上学校をさがす気力はなさそうだし、私も時間がない。よーし、直観を信じよう。経済的に可能ならクレンフォルに決まりだ!
 おずおずと月謝をたずねた私は、耳をうたがった。聴き取った数字を頭の中でアラビア数字に直して、きき間違いかと思ったのだ。「5500ペセタですか?」たずねてみると、そうだという。間違いない。日本円なら4000円にもならない。そろばん塾じゃあるまいし。
明日からお願いしますと、私は頭をさげた。
 あとで知ったのだが、スペインでは私立校でも人件費は自治州から出るらしい。だからこそ、こんな小さな学校がやっていけるのだ。だが、自治州もそれほど鷹揚ではなかったようだ。それがなぜかは、あとでわかる。
 ともかく新学期前日、いちおう納得のいく形で子どもたちの学校さがしにけりがついた。ほっとした帰り道、学校近くの感じのいいパン屋さんに入った。一人一つずつ菓子パンを買う。エンサイマーダという粉砂糖をまぶした、やわらかいパンをほおばる。うれしさと期待がほんわりと心に広がった。