2016年5月16日月曜日

奇遇というのはこんなこと!?


昨日、偕成社の展示の最終日にかけこんだ帰り道、丸善丸の内本店の児童書売り場にちらっと立ち寄りました。
『かぞくのヒミツ』のときから、イソール作品を応援してくださっている売り場で、『ちっちゃいさん』がどうなっているかなとちょっと気になって・・・。
うれしいことに、新刊コーナーのまん中に面出しで並んでいるのを見て、感謝感謝。それに『かぞくのヒミツ』も、特集のコーナーで並べてくれていました。

そして、児童書売り場の担当者さんに、「さっきまで、さかなつりのイベントをしていたんですよ」と言われて、文渓堂の方を紹介されました。
そこまでは、書店さんでよくある出来事なのですが、編集者さんと話を始めたところ、イベントの主役だった『よるのさかなやさん』の著者の穂高順也さんが、いきなり
「ケンシくんのお母さんですか?」
と、話しかけてきたのです。

「えっ?」

「ぼく、保育園に勤めていたんです。豊玉第二保育園」

「えーーーーっ!!!」

「むかしは、名前が違ってましたけど」

もう、びっくり仰天でした。

練馬区の豊玉第二保育園は、長男が1歳児のときにはじめて通った保育園です。2年間だけお世話になって引っ越したのですが、当時男の先生は、昔の穂高さんである I先生だけでした。1学年が6,7人しかいない、こじんまりした保育園でしたが、まさか親の顔まで覚えていらっしゃるとは! 
「あの頃はまだ勉強中で、訳書が出ていませんでした」と言うと、「ぼくもです」と。

出版界の中で、前にA社にいた方がB社にいたり、C社にいた方が翻訳をしていたり、というのは、けっこうありますが、これはまた別の話。長男が今25歳なので、23年も会っていなかったのに、よくわかったなあと、ほんとうにびっくり。

あのころのあのあたりの街並、長女が生まれた、長男が2歳のころのこと、保育園の帰り道に、目白通りと千川通りとが交わる交差点のところで、前輪も後輪もタイヤが2つずつ並んでいるトラックを10台見るまでは動かなかったこと…などなど、久しぶりに思い出して、なつかしくなりました。
もうすっかり忘れてしまっていたようなことが、ちょっとしたきっかけで蘇ってくるから人間の記憶というのは不思議なものです。

『よるのさかなやさん』に、長男の名前でサインをしてもらってきました。お互い、今の仕事でがんばりましょうという気持ちで別れました。
生きているといろんなことがあるものですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿