4月20日に刊行になったイソール作『ちっちゃいさん』ですが、5月1日の読売新聞「本よみうり堂」で早くもとりあげられました。
こちらです→読売新聞HP
この本のすてきなところが、よく伝わってくるご紹介です。
このおかげでしょうか、全国津々浦々の書店さんに置いていただけているようです。
このところ気になって、出かけた先々で書店さんに立ち寄っていますが、平積みや面出しで並べてくださっているところも多くてうれしくなっています。
ついでに前作の『かぞくのヒミツ』と『うるわしのグリセルダひめ』(エイアールディー)も、見ていただけるといいな……と、これは欲張り!
2016年5月15日日曜日
2016年5月8日日曜日
米原万里没後10年 文庫フェア
近所の本屋さんの店頭で『米原万里ベストエッセイI』(角川書店)というのを見かけ、思わず手にとりました。読み始めたら止まらず、もう一度本屋さんに走って、『米原万里ベストエッセイII』も買い込んで、この連休の楽しみとなりました。
前に読んだことのあるのも中にはあるはずですが、どれも実に新鮮。「痛快」とか「型やぶり」という語はこの人のためにあるのかと思えてきます。まさに頭の中をひっかきまわされるような快感。
人間への尽きせぬ興味にあふれています。よく見、よく聴き、いつも「なぜそうなるのだろう」と考え続けていく。
巻頭のエッセイ「トルコ蜜飴の版図」は、ターキッシュ・ディライトと聞いて、「あ」と思う人におすすめ。「遠いほど近くなる」の方言の転記には舌を巻きました。全編驚きに満ちています。
外国語を使って、どうにか相手をもっと知ろうとすることを私もなりわいにしているから、この本をおもしろいと思うのか、こういうことをおもしろいと思う人間だから、今のような仕事をしているのか。
読み終えてから表4側のオビを見て、「米原万里没後10年文庫フェア」というのを7つの出版社が一緒に展開しているのに気づきました。ご存知のとおりロシア語の同時通訳者であり、書評家、エッセイストとしても活躍した米原さんは、1950年生まれで、2006年の5月に亡くなっています。ちょうど10年前、今の私と同じ年齢で亡くなられたのか、と今でも惜しい気がします。
フェアで出ているほかの本も読みたくなりました。
次は『ガセネッタ&シモネッタ』かな。スペイン語通訳の横田佐知子さんの凄さを確認してみます。
2016年5月7日土曜日
El Meninoが『ちっちゃいさん』になったわけ
『ちっちゃいさん』の原題はEl Meninoです。
menino は、たとえば白水社の『現代スペイン語辞典』をひくと、「[スペイン宮廷で女王・王子付きの]小姓、[特に]若い女官」と書いてあります。
ベラスケスの名画Las meninas のmenina と同じです。
だとしたら、このタイトルはいったいどういう意味なんだろうと、原書を手にとったとき、まずひっかかりました。イソールさんは、どうしてこのようなタイトルをつけたのでしょうか。
アルゼンチンだと違う意味があるのだろうかと、まず疑いました。スペインと中南米のスペイン語は、しばしば同じ単語でも違う意味が持つことがあるからです。そこで、アルゼンチン人の知人にたずねたところ、アルゼンチンで赤ん坊をmenino とは呼ばないが、ポルトガル語で子どものことをmenino というので、El Menino と聞くと赤ん坊のことだと想像がつく、といわれました。
このあたりでなんとなく、このタイトルのココロはほの見えてきたのですが、やっぱりこれは本人に確かめようと、思いきってイソールさんにたずねてみました。
すると、次のように説明してくれました。
タイトルのEl Meninoは、El Bebé(赤ちゃん) と言っても同じです。だけど、赤ちゃんを言うのに、ここでは違う言葉を使い、un bebé とは一度も言っていません。そこがこの本のミソです。ほかの言葉でもよかったのです。最初はEl Bimboにしようかと思っていました。 イタリア語で赤ちゃんの意味の言葉です。だけど、英語でbimbo というとまるっきり違うものになるし、有名なパンのメーカーの名前でもあるので変えました。El Bambino とかEl Nino にしようかとも考えました。こうして考えているうちに思い浮かんだのが「ちっちゃいさん」でした。
ちょっと変わってますよね。そうかもしません。でも、あまりヘンなら別の言葉を使ってもかまいません。普通には使われていない名前、だけど、ちょっと調べれば赤ちゃんのこととわかる名前がいいですね。
長男が生まれたとき、甥っ子を連れて会いにきた姉が、「xxくんは、ちっちゃい、ちっちゃいね」と言って、長男の頭を2歳にならない甥っ子になでさせていたのが頭に残っていたのかもしれません。
タイトルについては、編集者さん(あるいは版元さん)の意向で再検討することもよくあるのですが、今回はこのままで通りました。うれしいけれど、ちょっとドキドキしています。
本文でも、イソールさんにたずねたことはほかにもいろいろあるのですが、それについてはまたあらためて。
2016年5月6日金曜日
タケノコごはん
| 40センチ以上ありました! |
先日、実家に行ったとき、タイミングよく親戚から届いたタケノコを1本もらってきました。巨大なタケノコは、半分に切ってもまだ鍋からはみでるほど。でも、たっぷりの糠を入れてゆでると、まさに自然のごちそう、春の味です。
![]() |
| 冷蔵庫にあったシメジも入れて |
やっぱり、これはタケノコごはんでしょうと、圧力なべいっぱいに作り、美容室勤めの娘にも届けてきました。
傷まないうちにと、ここ3日、タケノコづくしです。
大島渚文/伊藤秀男絵『タケノコごはん』(ポプラ社)。
↑タイトルは、出版社のHPにリンクしています。
魂のこもった伊藤さんの絵。
思い出しながら、タケノコごはんをほおばりました。
2016年5月5日木曜日
持ち物はおやつ?!
バルセロナの日々(15)
9月15日、小学校が始まった。さあ、いよいよだ。小中学校で3回の転校を経験した私は、新しい学校に初めて行く日の緊張は身に覚えがある。朝、つとめて元気に声がけをして起こしながら、ケンシたちの不安を思った。
朝食を食べさせ、早めにうちを出る。持ち物は「おやつ」だけ。
えっ、学校におやつ? なんでも、午前中の休みの時間に、サンドイッチやビスケットなどを食べるらしい。見学の日、初日の持ち物をたずねたら、「おやつだけでいいわよ」と言われたのだ。それにしても、ノートも筆箱も持たずに、おやつ?
9時少し前に着くと、学校のまわりにはもう、わさわさと親子づれがいた。話には聞いていたが、やはり小学生の間は大人が登下校の送り迎えをするようだ。3ヶ月近い長い夏休み明けだ。子どもたちもにぎやかだし、久しぶりに会ったおかあさんたちもかしましい。
へえーっ、これがスペインの小学生か。
心配そうな我が子をよそに、私は思わず見とれてしまった。髪が茶色くて、くりくりっとした目の子が多い。高学年になると、私よりりっぱな体格の子もいる。こういう子たちに向けて、これまで読んできたスペインの児童文学作品って書かれてきたのか。不思議な気がした。
9時ちょうどに学校の小学部側の扉が開いた。校舎前の小さな中庭で、担任の先生が学年ごとに子どもたちを集めている。校長のエドゥワルドは2年生の担任だった。私たちを見つけるとやってきて、「だいじょうぶ、安心しなさい」といいながら笑顔で、さっさとアキコとケンシをそれぞれの学年の場所に連れていった。学年の最初の日と言っても、入学式も始業式もないのだった。
そこで私はタイシを連れて、建物の反対側にある幼児部の入り口にまわった。幼児部では、教室の入り口まで親が子どもを連れていくと、先生は子どもの両頬にキスをしてあいさつし、子どもを部屋に入らせる。担任のフアニが、
「ボン ディア タイシ」
とキスをした。タイシがもじもじしていると、同じクラスだというジョルディという子が、いきなりタイシの肩をだきかかえて、部屋の中にひきこんだ。
慣れた保育園でだって、別れ際、ぐずる日はぐずるものだ。朝は、先生にお願いしたら、潔く立ち去るに限る。私はバイバイを言って、そのままタイシを残して立ち去った。こうして、第1日目の幕が切っておとされた。
クレンフォル校は、9時に始まり、午前の部が1時まで、午後の部が3時から5時という時程だった。午前の部と午後の部の間の2時間がランチタイム。3分の2の子どもは、家に帰って食べる。だから、家に帰る子の親は、昼にも送り迎えをする。両親とも働いているような子だけが、学校に残って給食を食べる。
スペイン人は、朝はあまり食べない。コーヒーや子どもなら牛乳と、コーンフレークやマリービスケットくらいですませてしまう人も多いから、昼ご飯までの腹つなぎが必要なのだろう。12時前後のバルには、ボカディーリョ(バゲットで作ったサンドイッチ)やドーナツをほおばる勤め人がたくさんいる。子どもたちは、11時ごろ、「パティ」と呼ばれる休み時間におやつを食べる。1時には昼ご飯になる子どもに、おやつは不要な気もしたが、一般の大人の昼ご飯は2時か3時なので、それならうなずける習慣だ。
みんなどんなものを持ってきているのだろう。子どもたちにきくと、小さなボカディーリョや、ビスケット、チョコレート、クロワッサン、バナナなど、さまざまだった。
ちなみに、一度、読書の調査で、午前の休み時間に中学校に行ったことがあったが、中学生の男の子はのきなみ、20センチか30センチはありそうなボカディーリョをほおばっていた。
1日目、タイシはチョコクリームをはさんだクロワッサン、アキコはジャムをはさんだクロワッサン、ケンシはソーセージをはさんだコッペパンを持たせた。タイシが帰ってくると、「あしたもクワガタのパンにチョコをはさんで!」と言った。タイシには、クロワッサンは、三日月ではなく、クワガタに見えたようだ。だが、最初の頃こそめずらしがってクロワッサンを使っていたが、クロワッサンは普通のパン(つまりバゲット)と比べるとうんと高い。その後おやつは、おにぎりやボカディーリョなどに変わっていった。
午後5時。いったいどんな顔をして出てくるだろうと思いながら、3人を迎えにいった。校長のエドゥワルドは、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と笑顔で言うと、ちょっと待ってと事務室に行き、各学年の買い揃えるべき教科書や学用品のリストを持ってきた。やっぱりノートや鉛筆だって必要だったんじゃない! 「順々に持ってくればいいですよ」なんて、のんびりしたものだ。でも、そんなわけにはいかないだろう。その日、帰りがけに、教えてもらった本屋と文房具屋に買いにいった。
子どもたちは、それぞれに表情がかたかった。「何言ってるかぜんぜんわからない」とケンシ。「遊びに入れてくれなかった」とアキコ。「1人でいたいのに、さそわれていやだった」とタイシ。
これからどうなるのだろう。
校長のエドゥワルドがいくら「だいじょうぶ」と言ってくれても、私の胸の中では期待と不安が錯綜していた。でも、エドゥワルドの言葉や態度には、思いがけずやってきた日本人の子どもにいい学校生活を送らせてやろうという、教育者らしい思いやりが感じられた。「だいじょうぶ」と、私も信じたかったし、子どもたちにがんばってほしいなあと思うのだった。
2016年4月29日金曜日
イソール作『ちっちゃいさん』刊行になりました!!!
アルゼンチンの絵本作家イソールの『ちっちゃいさん』(原題El Menino) が、いよいよ刊行になりました。
赤ちゃんがテーマの絵本です。
最初に手にとったとき、ひと目見て、「わ、かわいい!」と思いました。単純な線で描かれていますが、どの絵も赤ちゃんの特徴をとらえて、実に愛らしいのです。
最初に手にとったとき、ひと目見て、「わ、かわいい!」と思いました。単純な線で描かれていますが、どの絵も赤ちゃんの特徴をとらえて、実に愛らしいのです。
でも、かわいいばかりじゃないのがイソールなんですね。ほかの絵本のような毒気はないものの、予定調和とは無縁な意外性あふれる展開で、読者をうならせます。
赤ちゃんの本なのに、パパ、ママという言葉は、赤ちゃんがやってくるシーンにしか出てこないのもポイントです。ユニセックスな赤ちゃん本です。
赤ちゃんの本なのに、パパ、ママという言葉は、赤ちゃんがやってくるシーンにしか出てこないのもポイントです。ユニセックスな赤ちゃん本です。
講談社のホームページ用に書いた紹介文は、こちらをご覧ください。→講談社特設ページ
かなり力が入ってます(笑)
『かぞくのヒミツ』の、髪の毛が逆立ったお母さんや、『うるわしのグリセルダひめ』(どちらもエイアールディー刊)の、王子や騎士の首がころころころがる絵を見て、ええーっと思った人も、この本を見て、イソールの作家性を見なおしてくれるといいなあと思っています。
「だって、こんなふうに考えたらおもしろいじゃない?」と、イソールが投げかけてくれる視点が、読者のかたまった脳みそをやわらかくし、心を自由にしてくれるように思います。
人間性とユーモアにあふれた、スケールの大きな作家です。
それに、この絵本の何よりの特徴は、プレゼントにうってつけだということ。訳しながら私も、あの人にもあげたい、この人にもあげたいと、いろんな人の顔が浮かんできました。
刊行後すぐに、「友だちのプレゼントに買ったよ」と言ってくれた友人知人がいたのも、うれしいことでした。読むと、だれかにあげたくなる本です。
テキストは単純ですが、実によく考えられています。編集者さんに多分に支えられたこのあたりの翻訳の裏話は、またあとで。
手にとっていただけたらうれしいです。
2016年4月11日月曜日
クレンフォル校
バルセロナの日々(14)
シャラウ校に行った翌日の9月13日、サルダニョーラの地図と7月に留学生課でとりよせてくれた市内の学校リストをもう一度取り出し、改めて通えそうな私立校さがしにとりかかった。スペインの住所は通りの名前と番地からなる。番地は、通りの片端からだんだんと大きくなっていき、大きくなる方に向かって道の右側が偶数、左側が奇数、つまり右側は、2、4、6……となり、左側は1、3、5……となる。だから、住所がわかれば、どの通りのどこらへんで、道のどちら側にあるかまでわかるしくみだ。
手始めに、郵便局や駅に行く途中で見かけた学校らしき建物の場所を地図で確かめ、校名をつきとめて2校に電話してみた。だが、どちらもあきはなし。どうせ、少し遠いから、と自分をなぐさめる。
そこで、学校のリストにある私立校の場所を、一校一校地図で確かめにかかった。クレンフォル校を見つけたのはそのときだった。なんだかスペイン語らしくない校名の学校が、案外近そうなところにある。少なくともシャラウ校よりだんぜん近い。普通の学校だろうか。
電話で用件を告げると、元気のいい男性の声が、あきならある、いらっしゃいと言った。
あんまりあっさりと言うので、「日本から来たばかりで、スペイン語はもちろん、カタランもてんでわからない子どもですよ」と思わず念を押した。「だいじょうぶ、面倒みますよ」と自信たっぷりの返事。ほんとかなあ。あまり調子がよすぎるのも考えものだ。
スペイン人ははったりが得意だ。というか、間違いを恐れないというのか、あやふやさを感じさせまいとするというのか、そのくせ途中であっさりこけて、謝るどころか自信たっぷりに言い訳する。もちろんそうでない人もいるが、もともと責任に対する考え方が違うのだろう。少なくともこういうとき謙遜する習慣はない。
電話だけで決めるわけにはいかないので、翌日一度学校を見にいく約束をした。「だれをたずねていけばいいですか」とたずねると、その男性が、「私をたずねてきてください。校長のエドワルドです」と言った。校長先生だったのか! 1年間、担任として本当によくアキコの面倒を見てくれたエドワルド校長との出会いだった。
翌朝9時過ぎ、3人の手をひいて学校を訪ねた。子どもたちはおっくうがって、「えっ、また別の学校に行くの? こないだのとこにするんじゃないの?」と、士気があがらない。それはそうだろう。シャラウ校をやめにしようと思っているとは、子どもたちには話していなかったからだ。「でも、こないだのところ、遠かったじゃない。もっと近くていいとこがあるかもしれないから」と、ともかくひっぱっていく。
5分ほどで書いてあった住所の付近に来た。5分なら上々だ。でも、学校ってどれ? 番地のところに立っていたのは、4階建てだかのアパートのような小さな四角い建物だった。見ると、建物は二つの通りにはさまれており、狭い通りの門と建物の間には、縦横20歩ずつくらいの大きさのコンクリの狭い庭らしきものがある。片方の隣は建物だが、もう片側は小さな公園になっている。これが学校?!
門の呼び鈴を鳴らすと、女の先生が2人、にこやかに迎えてくれた。エドワルドは用事で出かけたが、話は聞いているので案内しますと言う。校長先生がいないのにがっかりしたが、いい学校でありますようにと祈るような気持ちだった。
1フロアに、教室は2つか3つだけ。中に入ると、建物の3階に体育の部屋(体育館と呼ぶにはあまりに狭い)、屋上に幼児の遊び場など、思いがけない空間があった。幼稚園・小学校とも、クラスは各学年1クラスだけ。タイシの入る年長は11人、アキコの入る2年生は13人と人数だと言う。多い学年でも20人いない。
何もかも小さな学校だった。校庭がこれっきりじゃ、体育はどうしているんだろう。けれど、小さいのはこの子たちにとっては好都合かもしれない。案内してくれた先生は2人とも穏やかで感じがよく、歓迎ムードだ。翌日から始まる新学期のために整えられたこぢんまりした教室も、あたたかい感じがする。これなら、よく面倒をみてもらえるかもしれない。
またまた決断のしどきだと思った。新学期は翌日9月15日からだ。初日からなんとしても通わせなければということはないが、最初から入るにこしたことはない。子どもたちは、これ以上学校をさがす気力はなさそうだし、私も時間がない。よーし、直観を信じよう。経済的に可能ならクレンフォルに決まりだ!
おずおずと月謝をたずねた私は、耳をうたがった。聴き取った数字を頭の中でアラビア数字に直して、きき間違いかと思ったのだ。「5500ペセタですか?」たずねてみると、そうだという。間違いない。日本円なら4000円にもならない。そろばん塾じゃあるまいし。
明日からお願いしますと、私は頭をさげた。
あとで知ったのだが、スペインでは私立校でも人件費は自治州から出るらしい。だからこそ、こんな小さな学校がやっていけるのだ。だが、自治州もそれほど鷹揚ではなかったようだ。それがなぜかは、あとでわかる。
ともかく新学期前日、いちおう納得のいく形で子どもたちの学校さがしにけりがついた。ほっとした帰り道、学校近くの感じのいいパン屋さんに入った。一人一つずつ菓子パンを買う。エンサイマーダという粉砂糖をまぶした、やわらかいパンをほおばる。うれしさと期待がほんわりと心に広がった。
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