2016年4月11日月曜日

クレンフォル校

バルセロナの日々(14)

シャラウ校に行った翌日の9月13日、サルダニョーラの地図と7月に留学生課でとりよせてくれた市内の学校リストをもう一度取り出し、改めて通えそうな私立校さがしにとりかかった。
 スペインの住所は通りの名前と番地からなる。番地は、通りの片端からだんだんと大きくなっていき、大きくなる方に向かって道の右側が偶数、左側が奇数、つまり右側は、2、4、6……となり、左側は1、3、5……となる。だから、住所がわかれば、どの通りのどこらへんで、道のどちら側にあるかまでわかるしくみだ。
 手始めに、郵便局や駅に行く途中で見かけた学校らしき建物の場所を地図で確かめ、校名をつきとめて2校に電話してみた。だが、どちらもあきはなし。どうせ、少し遠いから、と自分をなぐさめる。
 そこで、学校のリストにある私立校の場所を、一校一校地図で確かめにかかった。クレンフォル校を見つけたのはそのときだった。なんだかスペイン語らしくない校名の学校が、案外近そうなところにある。少なくともシャラウ校よりだんぜん近い。普通の学校だろうか。
 電話で用件を告げると、元気のいい男性の声が、あきならある、いらっしゃいと言った。
 あんまりあっさりと言うので、「日本から来たばかりで、スペイン語はもちろん、カタランもてんでわからない子どもですよ」と思わず念を押した。「だいじょうぶ、面倒みますよ」と自信たっぷりの返事。ほんとかなあ。あまり調子がよすぎるのも考えものだ。
 スペイン人ははったりが得意だ。というか、間違いを恐れないというのか、あやふやさを感じさせまいとするというのか、そのくせ途中であっさりこけて、謝るどころか自信たっぷりに言い訳する。もちろんそうでない人もいるが、もともと責任に対する考え方が違うのだろう。少なくともこういうとき謙遜する習慣はない。
 電話だけで決めるわけにはいかないので、翌日一度学校を見にいく約束をした。「だれをたずねていけばいいですか」とたずねると、その男性が、「私をたずねてきてください。校長のエドワルドです」と言った。校長先生だったのか! 1年間、担任として本当によくアキコの面倒を見てくれたエドワルド校長との出会いだった。
 翌朝9時過ぎ、3人の手をひいて学校を訪ねた。子どもたちはおっくうがって、「えっ、また別の学校に行くの? こないだのとこにするんじゃないの?」と、士気があがらない。それはそうだろう。シャラウ校をやめにしようと思っているとは、子どもたちには話していなかったからだ。「でも、こないだのところ、遠かったじゃない。もっと近くていいとこがあるかもしれないから」と、ともかくひっぱっていく。
 5分ほどで書いてあった住所の付近に来た。5分なら上々だ。でも、学校ってどれ? 番地のところに立っていたのは、4階建てだかのアパートのような小さな四角い建物だった。見ると、建物は二つの通りにはさまれており、狭い通りの門と建物の間には、縦横20歩ずつくらいの大きさのコンクリの狭い庭らしきものがある。片方の隣は建物だが、もう片側は小さな公園になっている。これが学校?!
 門の呼び鈴を鳴らすと、女の先生が2人、にこやかに迎えてくれた。エドワルドは用事で出かけたが、話は聞いているので案内しますと言う。校長先生がいないのにがっかりしたが、いい学校でありますようにと祈るような気持ちだった。
 1フロアに、教室は2つか3つだけ。中に入ると、建物の3階に体育の部屋(体育館と呼ぶにはあまりに狭い)、屋上に幼児の遊び場など、思いがけない空間があった。幼稚園・小学校とも、クラスは各学年1クラスだけ。タイシの入る年長は11人、アキコの入る2年生は13人と人数だと言う。多い学年でも20人いない。
 何もかも小さな学校だった。校庭がこれっきりじゃ、体育はどうしているんだろう。けれど、小さいのはこの子たちにとっては好都合かもしれない。案内してくれた先生は2人とも穏やかで感じがよく、歓迎ムードだ。翌日から始まる新学期のために整えられたこぢんまりした教室も、あたたかい感じがする。これなら、よく面倒をみてもらえるかもしれない。
 またまた決断のしどきだと思った。新学期は翌日9月15日からだ。初日からなんとしても通わせなければということはないが、最初から入るにこしたことはない。子どもたちは、これ以上学校をさがす気力はなさそうだし、私も時間がない。よーし、直観を信じよう。経済的に可能ならクレンフォルに決まりだ!
 おずおずと月謝をたずねた私は、耳をうたがった。聴き取った数字を頭の中でアラビア数字に直して、きき間違いかと思ったのだ。「5500ペセタですか?」たずねてみると、そうだという。間違いない。日本円なら4000円にもならない。そろばん塾じゃあるまいし。
明日からお願いしますと、私は頭をさげた。
 あとで知ったのだが、スペインでは私立校でも人件費は自治州から出るらしい。だからこそ、こんな小さな学校がやっていけるのだ。だが、自治州もそれほど鷹揚ではなかったようだ。それがなぜかは、あとでわかる。
 ともかく新学期前日、いちおう納得のいく形で子どもたちの学校さがしにけりがついた。ほっとした帰り道、学校近くの感じのいいパン屋さんに入った。一人一つずつ菓子パンを買う。エンサイマーダという粉砂糖をまぶした、やわらかいパンをほおばる。うれしさと期待がほんわりと心に広がった。

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