2026年1月31日土曜日

通信添削の講師を引退しました

  昨年2025年末で、スペイン語通信添削講座の講師の仕事を引退しました。現在講座のHPには、以下のようなご挨拶文を掲載していただいています。
 長年お世話になってきた通信添削講座を、2025年末で引退させていただきました。「童話で学ぶスペイン語」講座を別の講師から引き継いで以来20年余り、「児童文学翻訳」「物語を読もう」を開講させていただき、みなさまと共に30冊以上の本を読んできました。

 読み終えたあと、「次の本も」と継続受講していただけるのが大きな励みでした。答案に添えられたお手紙やコメントもうれしく、何歳になっても読解力は伸びると、実感したものでした。不明な点を残さず的確に説明できるようにと、辞書や文法書を調べることが、私にとってもかけがえのない学びとなりました。

 語学学習において実用的なスキルがもてはやされる昨今ですが、普段日本語で伝えられる情報では知り得ない、スペイン語圏の人々の歴史や文化や暮らし、論理やメンタリティーにじっくり触れることができるのは、文学を読む醍醐味だと思います。講座が終わっても、文学を読み続けていただければ何よりです。

 受講してくださったみなさまとイスパニカのみなさまに、心より感謝申し上げます。翻訳作品で、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
 始めたのは、長男が中学3年の時だったように記憶しているので2004年だったでしょうか。以前お会いしたイスパニカの井戸光子さんから、「童話で学ぶスペイン語」講座の講師がおりることになったので、かわりにやらないかと声をかけてもらったのでした。
 当時私は翻訳のかたわら(というほど、翻訳の仕事もなく)、週3日パートづとめをしていたのですが、サイドワークでもスペイン語を使いたいと思い始めたタイミングでした。

 大学生のとき、講読の授業で小説を読んだように、ほかの読者とともに作品をじっくり読むことに飢えていた私にとって、受講生とこの講座で本を読めるのはとてもうれしいことでした。受講生は自腹を切って受講しているからでしょう、概して大学生よりも熱心で、学ぼう、楽しもうという意欲に満ちていて、それに応えたいと思わずにはいられませんでした。

 受講生の訳文に赤字を入れ、わかりにくい箇所を解説する作業は本当に勉強になり鍛えられました。『太陽と月の大地』『フォスターさんの郵便配達』『小鳥たち マトゥーテ短篇選』『この銃弾を忘れない』は、この講座で読んだあとで翻訳することになった作品です。

 また、通信添削の講師仲間のなかには、今もおつきあいしている方が何人もいます。大学で非常勤の職を得たのも、ここで講師をしたのがきっかけでした。ミランフ洋書店も、これがなければ始めていなかったでしょうし、ニュースパニッシュブックスやNPO法人イスパJPにかかわることもなかったでしょう。
 私の人生を切りひらいたといってもいい、とても大きな仕事でした。

 10年以上継続してくださっている方もいらして、やめるのは一大決心でしたが、一定の期間内に答案を返すのが時に苦しくなり、そろそろという気持ちになりました。

 かかわったすべての方に、心から感謝しています。

2025年11月21日金曜日

グアダルーペ・ネッテル『一人娘』

 


『一人娘』
グアダルーペ・ネッテル著
澤井昌平装画
現代書館
2025.11.30

わたし(ラウラ)とアリナは親友で、20代のころはお互いに「子どもは産まない」と誓い合った仲だった。その意志をかたくなに貫くラウラとは裏腹に、アリナは結婚し、やがて子ども(イネス)を身ごもる。そんななか、ラウラの暮らすアパートのベランダでは鳩が巣を作り、やがてラウラはアパートの隣に暮らす母子家庭の男の子ニコラスとだんだん交流を深めていく。やがてイネスが生まれるが、イネスには生まれついて重度の障害があり明日を生きる保証もない状態だった。
イネスの誕生とニコラスとの交流、ベランダに巣を作った鳩……、ラウラの心は揺れ動き、本人がそれまで思いもしなかった自らの気持ちに気づかされていく。イネスの生命や母という宿命、女として生きることの葛藤……。そして、物語は思わぬ形で最後を迎えることになる。(「版元ドットコム」より)

 メキシコの作家グアダルーペ・ネッテルの3冊めの訳書『一人娘』が、本屋さんに並びはじめました。
 
『赤い魚の夫婦』出てから4年と少し。「楽しみにしてた」「ネッテルだから」と、手にとっていただけるのがこのうえなくうれしい。楽しんでもらえますように、と指を交差しています。

 再校ゲラが動いているころに、編集の原島さんから、荒井裕樹著『増補新装版 差別されてる自覚はあるか 横田弘と青い芝の会「行動綱領」』(現代書館)が送られてきました。ご自身が担当された本。
 読むのはネッテルが刊行されてからになってしまったのですが、関連することがあって、なるほどと思いました。荒井さんの本と並行して編集してくれていたのだなあ、としみじみしています。

 本作で楽しいのは、おいしそうな料理がちょこちょこと登場すること。日本食レストランのアスパラの牛肉巻きに始まって、松の実とイワシのパスタとか、コリアンダーを散らしたスズキのオーブン焼きとか、お母さんの作るメキシコ風スクランブルエッグとか。
『赤い魚の夫婦』のときに、ナスのパスタを作った私としては、こちらも挑戦してみたいところ。

 中心となるストーリーは重いのですが(後書きでも書いたように、友人の体験について考えたくて小説を書いた、とネッテルは語っています)、ラストは晴れやかです。

 やっぱりネッテルが好き。訳せて幸せでした。
 どうぞ多くの方に読んでいただけますように。

2025年8月21日木曜日

チリの作家マリア・ホセ・フェラーダさん来日イベントを終えて

ラテンアメリカで子どもの本を書くということ
〜チリの国際アンデルセン賞候補作家マリア・ホセ・フェラーダさんを迎えて
というタイトルで、8月15日に神保町のブックハウスカフェでトークイベントを開催し、聞き手と通訳をつとめました。

 ガブリエラ・ミストラルのノーベル賞受賞80周年を記念した使節団として来日を機に、東京でもお話していただけるということで企画したものです。
 ご来場いただいたみなさま、オンラインでご視聴のみなさま、ありがとうございました。


 ラテンアメリカの中でもチリは特に遠くて(片道30時間かかります)、子どもの本の作家や画家が来てくれる機会はめったにありません。しかもフェラーダさんは、IBBYが主催の、2026年国際アンデルセン賞のチリ選出作家賞候補なので、JBBY(日本国際児童図書評議会)でもお迎えしたかったのですが、お盆の時期のため、残念ながらその機会は持てませんでした。

 トークでは、冒頭で5月に私が訪れた首都サンティアゴのBILIJ図書館を少しだけ紹介したあと、和訳のあるフェラーダさんの本4点を紹介。

「せん」にこだわりのあるマヌエルくんの1日を描いたピクトグラムつき絵本
『いっぽんのせんとマヌエル』パトリシオ・メナ絵 星野由美訳 偕成社 2017

「休日にマヌエルくんは何をしているの?」という子どもたちの疑問から生まれた日本オリジナルのシリーズ2巻目『いっぽんのせんとマヌエル ピクニックのひ』同 2020

ボローニャ絵本原画展に入選した日本のイラストレーター、コクマイトヨヒコさんの絵にあとから文章をつけた、スペインで刊行の2ヶ国版。
『Los animales eléctricosでんきどうぶつ』宇野和美訳 A buen paso 2018


BIBグランプリに輝いたチリのパロマ・バルディビアさんの出版社リエブレ刊行の仕かけ絵本。『ぴぅ!』マグダレナ・ペレス絵 星野由美訳 ワールドライブラリー 2021 

 そのあと、本とどのように親しんできたか、子どもの本を書くようになったきっかけ、テーマへのアプローチなど、いろいろお話をうかがいました。
 お父さんが「読者クラブ」に入っていて、本が届くのを楽しみにしていたこと、15歳ちがいの弟さんが生まれて、弟さんにお話をつくってあげたことなどなど、興味深いお話をたくさんうかがえました

 後半は、フェラーダさんの未訳作品を、朗読をまじえて紹介していきました。


チリの独裁時に命を落とした34人の子どもたちを描いたniños(子どもたち)
マリア・エレナ・バルデス絵 Liberalia 2020(2013)


スペイン内戦のときにメキシコに船で渡り、一時避難のつもりが永遠の国外追放となってしまった456人の子どもたちを描いたMexique el nombre del barco (メキシック 船の名前)
アナ・ペニャス絵 Tecolote/Alboroto 2017


簡素で余韻のある言葉がきわだつ美しい巻物型絵本 Un jardín (ある庭)
イシドロ・フェレール絵 A buen paso 2016


夢と希望のある未来が広がる、イラストもおしゃれなFuturo (未来)
マリアナ・アルカンタラ絵 Alboroto  2022


どうぶつの学校は、人間の子どもの学校とよくにています……。シリーズ化予定の幼年童話。
El día que el zorro vino volando(キツネが飛んできた日)
イッサ・ワタナベ挿絵 Fondo de cultura económica 2024


行商をしていたお父さんをモデルとした父親が登場する小説Karmp(クランプ)
Empecé /Planeta 2017

そして最後に、10月に実業之日本社から翻訳が刊行される予定の『ティーとカメレオン ふたりはいつだっていっしょ』鹿島孝一郎原作・絵

 最後の質問タイムでは、フェラーダさんの作品世界をさらによく理解できるようなご質問を会場からいただいて、とてもよい時間になりました。
 フェラーダさんと日本の読者とのすばらしい出会いの場となり、とてもうれしかったです。

 このイベントはアーカイブ配信の申し込みも受け付けていますので、見てみようという方は、下記のリンクからお申し込みください。2025年9月20日までです。

 イベントの翌日、一緒にちひろ美術館・東京に行き、展示を楽しみました。
 近いうちにまた日本かどこかの国でお会いできるよう、また願わくば、フェラーダさんの作品をもっと日本で紹介していけるよう願っています。





 

2025年2月27日木曜日

海の向こうに本を届ける 著作権輸出への道



今月半ばの寒い朝、2月8日に栗田明子さんが亡くなられたという知らせを受けました。

栗田さんは、日本文学の版権輸出の道を拓いたパイオニアです。

縁あって私は、1997年10月ごろから1999年初夏までと、留学をはさんで2003年から2年くらい、栗田さんのアシスタントをしていました。海外からオファーが来たら、その内容を作家や出版社に連絡したり、契約書を作ったり、契約書を送って押印してもらったりという週3日のパートでした。

出産後、文化的刺激がほとんど皆無の毎日を過ごしていたときだったので、海外とつながり、文学の話題が飛び交うなかで働くのは楽しいことでした。

「出版ニュース」への連載のあと本になった『海の向こうに本を届ける』(晶文社、2011)には、驚くような冒険の数々が綴られています大胆で、思い切りがよく、明るく、たくましく、すごいなあとため息が出ることばかりです。なかには、私がリアルタイムで見ていたこともあって、あのとき栗田さんは、こんなことに挑戦なさっていたのか、とドキドキします。

情熱、言い訳をせず、驕ることも卑下することもなく、正直に人と向き合うことが仕事のうえで大切だということは、栗田さんの仕事ぶりから学んだことかなと思います。

引退されて、芦屋に移られてから2度ほど訪ねましたが、2019年9月、芦屋文学サロン「小川洋子の世界を語る」に小川洋子さんとともに登壇されたときにお話を聞いたのが最後になりました。

静かに逝かれたとのこと。どうぞ安らかに、とお祈りします。

2025年1月25日土曜日

『この銃弾を忘れない』

 


『この銃弾を忘れない』
作:マイテ・カランサ
徳間書店
2024.12

おとなたちの戦争のさなかに
少年は困難な旅に出る・・・

1938年の夏から秋のスペイン北部を舞台に、捕虜収容所にいる父のもとへ、狼や逃亡兵・ゲリラの潜む200キロの山中を、13歳の少年が愛犬を道連れに旅していく物語です。

この作品を最初に読んだとき、主人公のミゲルが旅の目的を果たせますようにと思いながら、読む手が最後まで止まりませんでした。好んで出かけたわけではないその冒険のなかで、ミゲルが考え、スペイン内戦の実相がちらちらと見えてくるところがいいな、と思いました。

いざ訳してみると、「わからない」「これはなんのこと?」と編集者から指摘がつぎつぎ入り、ミゲルとともに読者にハラハラドキドキしてもらうには、思った以上に説明が必要だったのですが。

内戦下やフランコ独裁時代のレオン地方やアストゥリアス地方の山岳地帯には、フランコ側につきたくなくて逃げた人びとやゲリラ(「マキス」と呼ばれていました)がひそんでいました。

同じような状況下の物語に、『リャマサーレス短篇集』(木村榮一訳 河出書房新社)に収録された「ラ・クエルナの鐘」や「夜の医者」(これは場所は違います)がありますが、ほんとうに恐ろしいんです。

内戦って? ファシズムって? 思想統制って?などを、考えるきっかけにもなる物語です。
映画『パンズ・ラビリンス』『ブラック・ブレッド』などにもつながっています。

30年前に私の翻訳デビュー作ジョアン・マヌエル・ジズベルト『アドリア海の奇跡』を担当してくれた徳間書店の編集者上村令さんと、彼女が引退する前にもう1作!という願いを、ようやくこの仕事でかなえることができたのもうれしいことでした。

徳間書店が隔月に発行している「子どもの本だより」2025年1、2月号にインタビューものせていただいたので、機会があったらご覧ください。

どうか手にとっていただけますように。




2024年9月22日日曜日

翻訳特別賞をありがとうございます


 このたび、フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』(早川書房)の翻訳で、NPO法人日本翻訳家協会より翻訳特別賞をいただけることになりました。

 どうもありがとうございます。

 気づくとデビューから25年たっていて、同年代が定年を迎える年廻りなのに、翻訳者としての足場がまだまだ安定していないことに焦りをつのらせていたのは4年前のことです。明日の保証はなく、「もうやーめた」と自分が言えばそれっきりだな、と思っていました。

 そんな心持ちが少しずつ変化してきたのは、ここ3年くらいのことでしょうか。賞があってもなくても、できることしかできないし、日々やることは変わらないのだけれど、今回の表彰で、その仕事をやっていていいよ、とさらに肩を押してもらえた気がして、とても励まされました。

 それに、多くの友人が自分のことのように喜び祝福してくれたのが殊の外うれしく、幸せをかみしめています。ほんとうにありがとう!

 また、この仕事をいただけたのも、ネッテル『赤い魚の夫婦』(現代書館)があってのことでした。ネッテルを出してくれた編集の原島さん、あらためてありがとうございます!

 これからも精進し、翻訳していきます。

2024年7月8日月曜日

牧落の市場まで

先日、地元のあるイベントで、ボランティア仲間のMさんと話をしていたら、なんと、小学校の前半をすぐご近所で送り、共通の場所で遊んでいたことがわかりました。

大阪府箕面市の社宅で過ごした数年間。

当時の記憶をたどっていたら、牧落の駅のそばにある市場まで母と買い物にいったときのことがよみがえってきました。

昔ながらの市場は、いろんなお店が入っていて、私が覚えているのは、さまざまな色合いの味噌を山型にとんがらせてしゃもじを刺していた味噌や乾物のお店とか、サマーヤーンなどの手芸用品を売っていたお店、うぐいすもちや草餅や桜餅を売っていた和菓子屋さんなど。

母は、どんなものを買っていたのかな。

市場までの道は影がなくて、夏の日差しの下、「暑いね」と言いながら、手をつないで歩いた覚えがあります。途中に川があったような。

そういえば、歌ったら元気が出るよと言われて、かけあいで歌ったのではなかったか。

なんだったけな、どんな歌だったっけ・・・。すると、歌の最後の部分が浮かんできました。

  ・・・庭のおいまつ

ググってみると出てきました。


春は緑の においめでたく

夏は木かげに わたるそよかぜ

雪のあしたも 月のゆうべも

ながめゆかしき 庭の老松


渋いけど、美しい! 幼稚園児か小学校低学年だった自分が、こんな歌をうれしそうに母と道々歌っていたとは! 

春は、春は・・・、緑の、緑の・・・と、母について歌えばよくて、まちがえずついて歌えると母もにこにこして、うれしかったな。

あの頃、寝たきりの祖母がいたのに、どうして祖母も姉もおいて、2人で出かけられたのかわからないけれど、子どもとたまに買い物に行くのがうれしかったのだろうなと、30代半ばだった若い母を思って、ちょっとうるっとなってしまう。

父はいたけれど、今、私の頭の中では、矢野顕子の「愛について」が鳴りひびいています。

遠い遠い、昔のこと。

Mさん、思い出させてくれてありがとう!