2018年7月28日土曜日

『むかし こっぷり』



『むかし こっぷり』
おくやまゆか著
KADOKAWA

 あなたのおはなしを描かせてください
 いつか消えてしまうその前に
(オビ文)
 
 著者自身が、ご両親やおじさん、おばさん、職場の同僚など、周囲の人から聞いた子どものころのエピソードをもとに描いた、10の短編まんがが収録されているコミックです。
 1編をふと開いたらやめられなくなり、一気に読んでしまいました。

 子どもならではの喜び、そして特に悲しみが、どの作品にも息づいていて、自分の記憶の底をゆすぶられるような思いがしました。

「山の一夜のはなし」のなかに、「日中存分に雪山を滑りライスカレーの夕食を済ませた夜七時ごろ」という文章があります。
 近頃はレストランでも「カレー」か「カレーライス」が普通だと思うのですが、うちの母もやはり「ライスカレー」と言います。「ライスカレー」と呼びつづけている母らしさを、なんだかせつないような気持ちでいつも聞いているので、この文章を読んだとき思わず二度見し、著者は、ひとりひとりの語りにほんとうに真摯に心をこめて耳を傾けたのだなと思ったのでした。
 
 浜辺で友だちと遊んでいると、なぜか自分だけに10円玉をくれた学生さんのこと、戦時中、飼っていた鶏の1羽が死んでしまったときに、残った鶏が見せた表情の思い出、善光寺にまいったときに、お戒壇めぐりでおばさんとはぐれたときのことなど、どのお話もとてもいいです。どの作品にも、子どもの気持ちを感じ取る感性と、そこはかとない詩情が感じられます。

 おくやまさんは以前、私が訳した『ふたりは世界一!』(偕成社)の挿絵を担当してくださって以来のおつきあいです。「このお話、とても好きでした」と言ってくださり、すてきな本になりました。
 その後、『IDEAL』(同学社)というスペイン語の教科書をてがけたとき、おくやまさんの絵だったら、大学生が楽しくスペイン語を勉強できそうな気がしてお願いしたら、快くうけてくださいました。ユーモアとちょっと脱力感があって朗らかな絵は、何度見てもあきません。

 おくやまさんの作品をもっともっと読みたいです。教科書のカットなどを描いてもらっている場合じゃありません。
 戦時中の人々の暮らしの一端ものぞけるので、中学、高校の図書館にもおススメです。