ラベル まめつぶこぞうパトゥフェ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル まめつぶこぞうパトゥフェ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年11月3日土曜日

『まめつぶこぞうパトゥフェ』こぼれ話

10月に刊行された『まめつぶこぞうパトゥフェ』(ささめやゆき絵、BL出版)ですが、前のブログで書ききれなかったエピソードを書きだしてみました。

・パトゥフェがお使いにいくときに持っていくおかねは、アマダス版ではカタルーニャの古い硬貨、絵本によって「1センティモ」となっています。要するに、安い「硬貨」「コイン」なのですが、それではイメージがわかないだろうと、最初の原稿では「銅貨(どうか)」としていました。
 ところが、絵があがってきたとき、お金の色が灰色っぽく、どう見ても銅貨に見えません。でも、絵を変えたくなかったので、どうしようと悩んだ末に、シンプルに「おかね」にしてみようということになりました。
 そこで、「おかね」にするために、多少前後のテキストをいじってみると、驚いたことに、結果的に全体により親しみやすく、「銅貨」よりもよくなりました。
 自分では一番いいと思って仕上げたテキストでも、「これじゃなきゃだめ」ということはなく、テキストというのは柔軟なものだと、改めて思ったのでした。

・絵を描いていただく前に、カタルーニャの風景や風俗の絵や写真を編集者さんにお送りしました。サフランを買いにいくお店は、よろずやのようなイメージでした。ささめやさんから、欧文を入れたいという希望があり、カタルーニャ人の友人に確認し、botiga de queviuresという語を入れてもらうことになりました。
 そういえば、「サフラン」がスパイスの1種だとは、子どもにはわからないかもしれません。でも、わからないからと、別のものに変えず、そこはそのままいきたいと思いました。舞台はカタルーニャだからです。「サフランってなに?」と聞かれたら、まわりの大人が教えてくれるといいなと思います。わからないなら、ぜひ調べてみてください。

・絵本をつくるとき、ほとんどの場合、編集者さんと会って読み合わせをします。今回は、編集者さんが神戸にお住まいだったので日程と場所の調整がたいへんでしたが、どうにか8月頭に大阪に行き、印刷所に入れる直前の段階で読み合わせをできました。
 1回目は、読みながら、ときどき止まって必要な修正を入れていきました。そして、2回目、最終的な形を見るつもりで、もう一度読んでいきました。そのとき、編集者さんが、「ん?」と行って、途中で手をとめました。
「どうしましたか?」とたずねると、「このテキストは、このページより、むしろ前のページに入ったほうがよいのではないかと思って」とのこと。「おかね」に関連して、テキストをほんの少しいじった部分でした。
 テキストを前に移して読んでみると、確かにそのほうが絵とぴったり合います。そこで、その数行のテキストの位置を変えました。
 絵を見ながら耳で文章を聞いて、ページをめくっていく絵本の妙! 編集者さんの目の確かさと、読み合わせの大切さを改めて実感した出来事でした。

・テキストの段階で迷ったのは、「おならをする」という言葉です。最初は、パトゥフェの歌の部分は、「おならをすれば」ではなく、「へをこけば」としていたのですが、今の子どもには「おならをすれば」のほうがピンとくるのでは、ということで修正しました。
 こういうのは、とても迷うところです。

・「後書き」で、底本のジュアン・アマダスの昔話集に従って、「へいにはまった」と終わらせたと書きました。ですが、実はテキストを完成させた段階では、どんな終わらせ方にするか、まだ決まっていませんでした。
 おならでとびだしたパトゥフェが、おひゃくしょうさんとおかみさんのもとに戻ってもいいし、へいにはまりこむにしても、そこにおひゃくしょうさんとおかみさんを描きこむという選択肢もありえます。
 迷ったすえに、編集者さんと、ここは、ささめやさんの絵がどうなるかで考えましょうということになり、あがってきたのが、今のものでした。
「へいにはまった」では、なんだか尻切れトンボになるかなとも思ったのですが、ささめやさんのこの絵のとぼけたかわいさがすっかり気に入り、この形におさまりました。

・底本にした『カタルーニャ民話選集』を書いたジュアン・アマダスは、ウィキペディアでは、ホアン・アマデスとなっていますが、カタルーニャ人なので、正しくはジュアン・アマダスです。カタルーニャの伝統、習俗について、何冊にもわたる本を書いた民俗学者で、柳田國男とほとんど同時代人です。

ささめやさんとともに。後ろに双子の牛が!

・カタルーニャ文学者の田澤耕先生は、私が『パトゥフェ』を日本語にしたと知ったとき、思わず拍手をしたくなるほどうれしかった、カタルーニャの人々にとって、『パトゥフェ』はアイデンティティの一部といってもいいほど大切な存在。それが日本語になった意味はとても大きいと思う、とおっしゃってくださいました。

 実は、「パトゥフェ」の名で、カタルーニャで親しまれているお話のタイトルを、『まめつぶこぞうパトゥフェ』としたのには理由があります。『パトゥフェ』としたのでは、日本では覚えてもらいにくく、図書館や本屋さんでタイトルを言っても、聞いたことがない人には、問い返されるのがおちだろうと思われたからです。
『まめつぶこぞうパトゥフェ』なら、「まめつぶこぞう」で、レファレンスにひっかかるでしょう。「パトゥフェ」という名前をおぼえてもらえたら、もちろんうれしいので、このお話が気に入った方は、ぜひとも言えるようになってくださいね!
 
 20年前に、子どもたちとともに出会ったカタルーニャの人々や風景を思い出し、この絵本を手がけられてよかったなと改めて思っています。
 

2018年10月25日木曜日

『まめつぶこぞうパトゥフェ』


   『スペイン・カタルーニャのむかしばなし
    まめつぶこぞうパトゥフェ』
   宇野和美 文
   ささめやゆき 絵
   BL出版
ふむなよ ふむなよ パトゥフェがいくよ
スペイン・カタルーニャに伝わる
豆つぶほどしかない小さな男の子のユーモアあふれるおはなし
(帯より)
カタルーニャの大好きな昔話が、ささめやゆきさんの絵で、すてきな絵本になりました! 

「日本の画家さんに絵を描いてもらって、スペインの昔話を絵本にする」という、初めての再話のお仕事をいただいたとき、一番最初に思い浮かんだのがこのお話でした。
 小さな小さな男の子が、踏みつぶされないように大声で歌いながらお使いに行き、1度めはうまくいくけれども、2度目のおつかいで牛に飲みこまれてしまい……、というストーリー。
カタルーニャ語の『パトゥフェ』の絵本と、底本にした昔話集。
 昔話のなかでは、しばしば最も取るに足りなく見える者が手柄をたてます。このお話でも、けしつぶほどしかない小さな男の子パトゥフェが活躍します。すっかり一人前の気分で歌をうたいながらパトゥフェがお使いに行くシーンは、なんともほほえましく痛快です。また、姿が見えなくなったパトゥフェを、お父さんとお母さんが探すシーンは、いざとなったら家の人が来てくれるという安心感があります。
 日本でもこのお話は、小さい人たちが冒険するのを、そっと後押ししてくれそうな気がしました。
 
 ……なんだか小難しくなってしまいましたが、ともかく、まずは絵本を開いて、楽しんでもらえたら何よりです。ささめやさんのパトゥフェは、実に愛らしく、おしゃれでかっこいいのに気取りがなく、それでいて、読む人に心にすこーんと飛びこんでくる強さがあります。どうかかわいがってください。

 パトゥフェがおつかいに行くときに歌う歌は、原書だと
 パティン、パタン、パトゥン Patin, patan, patun
 となっています。
 以前、サン・ジョルディの日に、カタルーニャの人たちの前で、カタルーニャ人の知人と二人でこの本を二か国語で読んだら、このくだりで全員が声をそろえて歌いだしたので、びっくりしたことがあります。
 でも、日本語だとリズムにのりにくいかなと思って、途中原稿では、まったく違う日本語に変えていたのですが、最後は、ちょっと並びをかえて、
 パタン、パティン、パトン
 と、することにしました。
 原書のとおりではありませんが、小さいパトゥフェのはずんだ感じが出せたかな。

 姉の1年生の孫息子は、この本を読んだらとても気に入って、まだ得意ではないカタカナもなんとかして、ひとりで読もうとしていたとか。
 はっきりとした大きな画面なので、学校での読み聞かせにも向いています。明るい気持ちで1日をはじめられるでしょう。

 ささめやさん、そして、最後まであきらめず、美しい刷色を出してくれた編集者さん、ありがとうございました。


 後書きのなかでふれている、カタルーニャのクリスマスの「カガネー」は、こんな人形です。

 丸太の人形が「カガティオー」で、両側のかがんでいるおじさん、おばさんの人形が「カガネー」。おじさんは、パトゥフェと同じ赤い帽子をかぶっています。
 後ろから見ると、おしりが出ていて、その下にしっかりとぐろを巻いているものがあります(笑) カガネーについてもっと知りたい方は、こちらの本をどうぞ。