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2020年6月23日火曜日

仲間意識と羨望と

今、ある翻訳の最後の仕上げにかかっています。久々の一般向けの文芸です。

この作品、4月に英語版が発売になったので、解釈に自信がないところは、その英語訳で確認していますが、その作業が思いのほか楽しくて、にやにやしています。

「うーん、これでいいのかな」と迷っている箇所を読んで、自分と同じ解釈をしていると、「やっぱり、そうだよね」と、握手をしたくなります。
一方で、読み比べてみると、英語版は「なーんだ、ただ言葉を置き換えてるだけじゃん」というところも多く、「これでいいなら、1日にいくらでも訳せるよ!」と羨望の念がわいてきたり。文のリズムも、ほとんど変わらないんですね。
だけど、ときどき、「これを、こう訳すのか!」と、はっとする表現があって、「こうきましたか!」と、拍手したくなることも。

会ったわけじゃないけれど、仲間を得たような気持ち。
一人でぶつぶつつぶやいて、かなりあやしい。
あとしばらくがんばりどころです。



ほとんど変化のないまま過ぎゆく毎日。ベランダのミニトマトの成長だけが、時の経過を実感させます。「支柱のいらないミニトマト」の苗を買ったら、高さは30センチにもならないのに、横は直径1メートル以上に育ち、実が鈴なり。これからが楽しみです!

2016年6月1日水曜日

頭部への打撃?

大学のスペイン語読解の授業でのこと。

4月から専攻でスペイン語を習い始めた1年生は、直説法現在の動詞の不規則変化をひととおり学んで、少しずつ文章を読めるようになってきています。
彼らと今、ある幼年童話を読み進めているのですが、その中にこんな文章が出てきました。

Reconozco que ha sido un coscorrón muy gracioso.

辞書をひくと、次のような意味が出ています。
reconozco はreconocer で「認める」
coscorrón は「頭部への打撃」
gracioso は「おかしい」「面白い」

これをつなげると、「とてもおかしい頭部への打撃だったと私は認める」となります。

でも、こうすると、学生たちも「くすっ」と笑います。そりゃそうですよね。日本語で発話するとき、こんなふうに誰も言わないから。

そこで、つまり、「さっき僕が頭をぶつけたのは、確かにおかしかったよな」ということだよね、というと、学生たちはまた笑って納得します。

ささいな例ですが、翻訳って、こういうことですよね。
辞書は1語1語の意味は書いてあるけれど、たいがいの文はそのままつなげても内容は伝わりにくいものです。

また、その文全体が持つスタイル(上から目線だとか、くだけた言い方だとか…)も、経験がないと読みとれません。もちろん1年生でそこまでは求めませんが。

とはいえ、その1語1語の意味の核をおろそかにして、あいまいなまま勝手に訳してもうまくいきません。

翻訳の本質が見え隠れして、楽しい気分になるひと時でした。