2026年5月24日日曜日

カルラ・タボラ、ロサナ・ファリア作『ガウディ わすれられない夏』

 


『ガウディ わすれられない夏』
カルラ・タボラ、ロサナ・ファリア作
鳥居徳敏 日本語監修
小学館
2026.4.27

 今年初めての訳書です。

 今年はガウディ没後100年の記念の年ということで声をかけていただき、訳すことになりました。ガウディの絵本は、以前に『ガウディさんとドラゴンの街』(パウ・エストラダ作、社会評論社、2023)も翻訳しているので、内容が重複していたらお断りしなければと思ったのですが、前の本は晩年のガウディを描き、こちらは少年時代を描いていることなどから、お引き受けしました。
 
 この絵本は、少年が描かれた、明るい色合いのさわやかな表紙がまず目をひきます。

 少年アントニ・ガウディが中学校にあがる前の夏の最後の1日という形で、子ども時代のガウディがどんなものを見て、どんなものにひかれていたか、どんな少年だったかが描かれます。

 父親が作る銅製品、木や鳥や虫の形や色をじっくり観察し、貝殻やクモの巣などの造形にひかれるようす、海をめぐる思索など、2人の作者は、将来の建築家ガウディの土台となっているであろう少年時代のガウディを想像し、美しい絵本をつくりあげました。

 翻訳で苦労したところは(トークで、よく聞かれる質問!)は、最初と最後は三人称の語りですが、主要部分は少年アントニの一人称で書かれているのを、どのように自然に、混乱なくつなげるかでした。ある程度、複雑なことを語ってもおかしくない11歳の少年だったので、一人称の語り自体は、かなり自由がきいた(もっと年少の人物の語りだと、語彙や構成などもっとむずかしい)ので、楽しく訳せましたが。

 ガウディの没後100年にあたるこの夏、少年時代のガウディに触れてみてはいかがでしょうか。

 今年はこのあと、絵本2点の刊行が決まっています。どうぞお楽しみに。

 

2026年3月20日金曜日

紙に書く


  昨年8月、豊﨑由美さんの「よんとも」に呼んでいただいたとき、「どうやって文章修行をしたのか」と尋ねられた。「どうやって?」と、そのときは首を傾げたのだけれど、あとになって、もしかしたら小学4年生から20年近くつけていた日記のおかげだろうかと思い当たった。

 書きはじめたのは宿題だったからだ。担任のO先生がきれいな朱筆でコメントを書いてくれるのに励まされて、その日やったことや思ったことをせっせと書いた。学期途中の転校で、遊ぶ友だちがほとんどいなかったのも手伝っていたのかもしれない。6年生になって担任が変わり、宿題ではなくなってからも書き続けた。

 最初の頃は日記帳を使っていたけれど、中学生になったくらいからは、文房具屋さんで選んだ大学ノートに書いていた。鉛筆、ボールペン、万年筆……、筆記具はさまざまだった。

 その日あったこと、思ったこと、感じたことなどを書きつらねる。大半は、友だちとも家族とも話さないようなことだ。紙に書くから、ワープロやパソコンのようにあとから大幅には直せない。一発勝負で、あとから読んだときに自分がわかるように綴って、毎日自分と向き合っていたのだろう。思うように書けたり、書けなかったり。反芻するように、あるいは傷をなめるように、何度も読み返すこともあった。

 考えてみると、私が物語に求めているのは、日常生活やメディアに飛び交うような言葉ではなくて、自分が日記にしたためていた、決して表には出さない言葉と関係しているのかもしれない。その物語がなければ思い至ることのなかった何か、普段は触れることのない深い何か。

「手で紙に書く」ことを改めて考えさせられたのは、ハン・ガン『光と糸』(河出書房新社)で、子どもの頃の手書きの詩集から自分を発見するというエピソードを読んだからだ。紙だから残るものがある。手書きの文字が記憶につながる。

 SNSやブログに書いたことは、AIで加工されるかインターネットの塵と化すのがおちだけれど、紙に書かれたものは厳然としてそこにある。もうこれからは『アンネの日記』のような本は、出てこないかもしれない。マンガが縦スクロールで変わるように、道具で表現も変わる。絵本の絵だって、フォトショップでしばしばノイズが取り去られる。紙とヴァーチャルで、記憶の形も変わっていくのだろう。

 そんな私も、自分だけの部屋を持てなかった年月の間に日記を書く習慣を失ってしまった。いまかろうじてつけているのは10年メモ。1日ほんの4、5行の、ほとんどはその日に何をしたかの記録だけれど、スクロールしないで自分の日々を追える。翻訳や仕事にパソコンは必須だけれど、ペンを持てる限り「紙に書く」ことは手放さずにいたい。

2026年1月31日土曜日

通信添削の講師を引退しました

  昨年2025年末で、スペイン語通信添削講座の講師の仕事を引退しました。現在講座のHPには、以下のようなご挨拶文を掲載していただいています。
 長年お世話になってきた通信添削講座を、2025年末で引退させていただきました。「童話で学ぶスペイン語」講座を別の講師から引き継いで以来20年余り、「児童文学翻訳」「物語を読もう」を開講させていただき、みなさまと共に30冊以上の本を読んできました。

 読み終えたあと、「次の本も」と継続受講していただけるのが大きな励みでした。答案に添えられたお手紙やコメントもうれしく、何歳になっても読解力は伸びると、実感したものでした。不明な点を残さず的確に説明できるようにと、辞書や文法書を調べることが、私にとってもかけがえのない学びとなりました。

 語学学習において実用的なスキルがもてはやされる昨今ですが、普段日本語で伝えられる情報では知り得ない、スペイン語圏の人々の歴史や文化や暮らし、論理やメンタリティーにじっくり触れることができるのは、文学を読む醍醐味だと思います。講座が終わっても、文学を読み続けていただければ何よりです。

 受講してくださったみなさまとイスパニカのみなさまに、心より感謝申し上げます。翻訳作品で、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
 始めたのは、長男が中学3年の時だったように記憶しているので2004年だったでしょうか。以前お会いしたイスパニカの井戸光子さんから、「童話で学ぶスペイン語」講座の講師がおりることになったので、かわりにやらないかと声をかけてもらったのでした。
 当時私は翻訳のかたわら(というほど、翻訳の仕事もなく)、週3日パートづとめをしていたのですが、サイドワークでもスペイン語を使いたいと思い始めたタイミングでした。

 大学生のとき、講読の授業で小説を読んだように、ほかの読者とともに作品をじっくり読むことに飢えていた私にとって、受講生とこの講座で本を読めるのはとてもうれしいことでした。受講生は自腹を切って受講しているからでしょう、概して大学生よりも熱心で、学ぼう、楽しもうという意欲に満ちていて、それに応えたいと思わずにはいられませんでした。

 受講生の訳文に赤字を入れ、わかりにくい箇所を解説する作業は本当に勉強になり鍛えられました。『太陽と月の大地』『フォスターさんの郵便配達』『小鳥たち マトゥーテ短篇選』『この銃弾を忘れない』は、この講座で読んだあとで翻訳することになった作品です。

 また、通信添削の講師仲間のなかには、今もおつきあいしている方が何人もいます。大学で非常勤の職を得たのも、ここで講師をしたのがきっかけでした。ミランフ洋書店も、これがなければ始めていなかったでしょうし、ニュースパニッシュブックスやNPO法人イスパJPにかかわることもなかったでしょう。
 私の人生を切りひらいたといってもいい、とても大きな仕事でした。

 10年以上継続してくださっている方もいらして、やめるのは一大決心でしたが、一定の期間内に答案を返すのが時に苦しくなり、そろそろという気持ちになりました。

 かかわったすべての方に、心から感謝しています。