2021年12月31日金曜日

2021年のしめくくりに



12月30日 不忍池にて

 昔、ピアノを習っていたころ、何度練習しても弾けなかったパッセージが、ふっと弾けるようになる瞬間がありました。先生に言われるようにしているつもりなのに弾けず、こんなに練習しているのにと投げ出したくなっていたのが、いきなり、ふっとできるようになる。
 ものごとは、スロープではなく階段状にできるようになると実感したものでした

 30代の終わりに留学したときも、留学して1年半をすぎたくらいのときに、自分が前よりも読めたり話せたり聞いたりできるようになっていると、ハッと気づかされた瞬間がありました。その後、2年の予定だった留学を半年だけ延長したのですが、逆にいうと、その瞬間までは、自分の非力に泣きたくなることの連続(でも、意地でもつらいとは言えなかった・・・)の日々でした。

 そして今年は、もしかしたら一段、階段をのぼれたのだろうかと思える年でした。
 昨年の12月28日、見直した訳稿を編集の原島さんに渡したものの、どうなるかわからなかったグアダルーペ・ネッテルの『赤い魚の夫婦』が8月に現代書館から刊行になり、多くの方に読んでいただけ、とりあげていただけました。

 趣味ではなくプロフェッショナルとして、ずっと翻訳をしていけるようになりたいと思いながら、気づくと30年余りたち、会社勤めの同級生のあいだで定年とか再任用という言葉をきくようになってようやく、少しだけ目の前がひらけた気がします。昨年は、還暦なのにまだ何もできていないという焦りに苦しみましたが、今はちょっぴり開き直り、気持ちを落ち着けて新しい年を迎えられそうです。

 今年1年お世話になったみなさま、袖ふれあったみなさま、ありがとうございました。
 新しい年がよい年となりますよう願っています。



 今年出版された本たち

2021年12月14日火曜日

誕生日を迎えて

12月7日は誕生日でした。

7日に見にいったOnionさんのモザイク

去年の誕生日のブログに「どうしたらずっと翻訳をしていけるかとばかり考えている」と書きました。今もまったく同じ気持ちです。

でも、今年8月にグアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』(現代書館)が刊行されて、これまでとちょっと違うステージに入った、そんな感じがしています。

幻覚かもしれないけれど、やっとここまで来られたという気持ち。

自分の意地で翻訳にかじりついているだけで、弱気を見せたら、「ならやめれば」と言われるだろうという心もとなさがあるのは、今も変わりませんが、翻訳の同志たちに支えられています。

すごくうれしかったのは、先週末に立ち寄った大型書店2店で、『赤い魚の夫婦』だけでなく、新刊のアナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(東宣出版)も平積みになっていたこと。『赤い魚の夫婦』をきっかけに、他の訳書を手にとってもらう機会が増えたのなら、それはすごい快挙だなと。

アンドレス・バルバ『きらめく共和国』(東京創元社)や、マルセロ・ビルマヘール『見知らぬ友』(福音館書店)にも手をのばしてもらえますように。どっちもおもしろいよ。ビルマヘールは、大人でも楽しめるという呼び声が高いので(自分で言うか!)。

おもしろいと自分が思った作品を翻訳する機会が少しでも増えるよう願いながら精進します。来年も穏やかに誕生日を迎えられますように。

2年ぶりに家族で誕生日会食。

2021年12月1日水曜日

アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』



  アナ・マリア・マトゥーテ著
『小鳥たち マトゥーテ短篇選』
東宣出版
2021.11.12

悲しみ、死、少年少女のやわらかい心に爪を立てる現実。それらを一瞬にして光に変える、たわいのない噓と幻想。小説の魅力を一粒一粒に閉じ込めたような、繊細で味わい深い掌編小説集。(帯文/中島京子)

新しく村に赴任してきた若き医師ロレンソは、ある事情から、気がふれていると言われる女の家に一晩泊まることになってしまう。清潔で手入れが行き届いた部屋、美味しい食事とワイン、町で靴屋見習いをしているという一人息子の話を聞くうちに、彼は大地のようなあたたかさに心満たされ始めるが……「幸福」、過ぎ去りしある夏の淡くおさない初恋を詩情豊かに綴った「隣の少年」、人生に疲れ絶望を感じる寡婦の身に起こる摩訶不思議な出来事「噓つき」、心躍らせながら行ったお祭りで娘を襲う悲劇「アンティオキアの聖母」など、リリカルで詩的なリアリズムに空想と幻想が美しく混じりあう21篇を収録。二十世紀スペインを代表する女性作家アナ・マリア・マトゥーテ本邦初の短篇集。
(版元ドットコムより)


アナ・マリア・マトゥーテの短篇集が刊行になりました。facebookにこんな投稿をしたのは去年の7月のこと(↓画像とクリックすると、別ウィンドウではっきり見えます)。


指導教官の牛島信明先生にすすめられて、大学の卒論を三部作『商人たち』で書いたのがマトゥーテとの出会いです。その後、翻訳の仕事をしたいと先生に相談したとき、マトゥーテの短篇集を訳すことをすすめられましたが、児童文学の翻訳をするようになって月日が流れました。

それが、10年ほど前、短篇を読み直し、改めて魅了されました。そして、上記の記事のようなことになりました。もともとEl tiempo(時)かHistorias de la Artámila(アルタミラ物語)か、どちらかの短篇集を訳すことを考えていたのですが、編集者から、せっかくなら全短篇を読んで選んでみないかと提案され、短篇選集の形になりました。

右は宝物にしている本革貼りの全集5巻本の1冊


長年の宿題をようやく終えた気分です。学部を卒業したときの自分なら訳せなかったかもしれない、今でよかったと、今は思えます。

物語の名手マトゥーテの珠玉の短篇。楽しんでいただけたらうれしいです。

2021年10月3日日曜日

何かを求めて読まないでください

 NPO法人イスパニカ文化経済交流協会(イスパJP)主催の「オンライン対談 松本健二x宇野和美 今読みたい! スペイン語圏の女性作家たち ーフェミニズム? マジックリアリズム? それとも……?」が終わりました。




時間が許せばまだまだ話せそうでしたが、PCやタブレットの画面を見ながらだと(見なくてもいいのですが・・・)2時間が限界でしょうか。ぎっしり詰まった内容になりました。

ご視聴いただいたみなさま、ありがとうございました。

タイトルに「フェミニズム? マジックリアリズム? それとも……?」という文章を添えたのは、私としては、ラテンアメリカ文学というと作品にマジックリアリズム的なものを探し、女性の作家というとフェミニズム的なものを探してしまいがちだけど、ほんとうにそうなの? という気持ちからでした。
むしろ、そういう定義に縛られないで、作品を楽しんで、何かを感じてはどうかと。

なので、イベントの中で松本さんが冗談まじりに言った「何かを求めて読まないでください」という一言は、まさに至言。
文学は、予測や期待を持って読むよりは、まっさらな気持ちで作品に向き合うほうが楽しめ、自分のものになる。
原書を読むときも、できるだけ心を真っ白にして、聞こえてくる声、自分が感じることを大切にします。
そういうことかなと。
イベントの中で、読んでみよう、読んでみたいと思う作家や作品に出会っていただけたなら、とてもうれしいです。

今回のイベント、1つだけ私がこだわったのは、リアルに対談することでした。
去年から、オンラインイベントは参加者としても主催者側としても多数経験してきました。最近、書店で開催されるイベントにいくつか会場で参加してみて、今回に関しては、パソコンの前でずっと前を向いてドアップの顔を並べて話すより、できるだけリアルに近い形でやりたいなと思いました。

当日は、Hagi Studio が運営するKLASS というスペースから、ウェブカメラとマイクで映像と音をとりこんで配信しました。
「本屋さん?」「どこ?」と、あとで人から聞かれましたが、現場は上の写真のような感じでした。後ろに並んでいるのは、建築関係の本です。
実は、うちうちで声をかけた方数名に、会場で聞いていただきました。なごんだ雰囲気があり、ときどきバックに笑い声が入る臨場感があったのは、そんなわけです。

とりあげた本は、松本さんのブログも見ながら、自然と決まってきました。もっと付け加えられるかなと、ここ2ヶ月、ずっと原書ととっくみあってきたのですが、気になっているけれど読めなかった作品もたくさんありました。その中にまたおもしろい本があるといいなあと思っています。

イベントは、10月10日までアーカイブ視聴の受付をしていますので、よろしければお聞きください。お申し込みはこちらからどうぞ。




2021年8月13日金曜日

グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』


『赤い魚の夫婦』
グアダルーペ・ネッテル著
澤井昌平装画
現代書館
2021.8.31

         表題作に出てくる赤い魚ベタは扉に。       
初めての子の出産を迎えるパリの夫婦と真っ赤な観賞魚ベタ、メキシコシティの閑静な住宅街の伯母の家に預けられた少年とゴキブリ、飼っている牝猫と時を同じくして妊娠する女子学生、不倫関係に陥った二人のバイオリニストと菌類、パリ在住の中国生まれの劇作家と蛇……。
メキシコシティ、パリ、コペンハーゲンを舞台に、夫婦、親になること、社会格差、妊娠、浮気などをめぐる登場人物たちの微細な心の揺れや、理性や意識の鎧の下にある密やかな部分が、人間とともにいる生き物を介してあぶりだされる。(版元ドットコムより) 

 

 私にとって初めての、ラテンアメリカ文学の翻訳です。 

 一昨日、見本を受け取り、ときどき手にとって表紙をなでているうちに、いくつもの偶然が重なってこの本がここにあることを改めて思い、人生の不思議に打たれています。

 後書きにも書いたのですが、この本は、イギリス人の若い翻訳家が激賞しているのを見て手にとりました。ですが、そもそも、そのイギリス人の翻訳家に出会ったのは、2012年の夏にロンドンで開催されたIBBY(国際児童図書評議会)世界大会でした。児童文学関係の大会です。

 IBBYの世界大会は2年に1度開催され、2010年はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラで、2014年はメキシコシティで開催されました。参加はすべて自費なので、大会参加費や航空運賃、宿泊費などを含めると、相当な負担になります。2010 年と2014年はスペイン語圏だから参加するけれど、ロンドンは行けないと思っていた大会に仕方なしに参加したのは、東日本大震災以降の日本の被災地での読書活動のことをJBBYが大会で発表することになり、その準備に深くかかわっていたからでした。

 その大会プログラムの中に、拙訳書『ベラスケスの十字の謎』(徳間書店)の作家、スペイン人のエリアセル・カンシーノさんの作品の一部を2人のイギリス人の翻訳家が翻訳し、その訳文を比べてみるというセッションがありました。そのときの翻訳者の1人が、ロザリンド・ハーヴェイさんでした。ロザリンドさんの翻訳にひかれるものがあったので声をかけてみると、彼女は普段は児童文学ではなく一般の文学を訳していることがわかりました。Facebookで友だちになり、彼女の投稿からネッテルの作品に出会ったというわけです。JBBYでヒーヒー言いながらボランティア仕事をし、自腹を切ってロンドンに行かなかったら、カンシーノさんと親交がなかったら、私はネッテルにあのタイミングで出会わなかったかもしれません。

 そして、もう一つの偶然が起きたのは2017年7月6日のことです。その日私は、メキシコの大手出版社の版権担当者に頼まれて、メキシコ大使館で「ラテンアメリカの子どもの本出版事情と翻訳者」という演題で15分ほどの発表をしました。こちらも児童文学関係です。そもそもメキシコの出版社の人とはつきあいが浅く、ノーギャラだし日程もきつかったので断ってよさそうな仕事だったのですが、パワーポイントを作り、日本語で準備しました。

 発表は、当日突然、日本語のあとにスペイン語を入れて、逐語通訳の形式でやれと言われて焦りまくり、結局スペイン語訳をまったくつけられないまま、日本語で言うべきこともすっとばし、さんざんだった思い出しかないのですが、帰り際にメキシコ大使館の方から「最後までいられないが、名刺を渡してくれと頼まれた」と言って手渡されたのが、編集者の原島さんの名刺でした。そこで連絡してみると、「読み物、特に女性の作品を紹介していきたい」と私が言ったのを聞いて、「女性作家のもの、やりましょう」と言ってくれて、やりとりが始まりました。

 ネッテルのこの作品は、原島さんに出会う前に、海外文学のシリーズを持つ版元にもアプローチしましたが、すべてボツになりました。私には縁がないのかなと思ったこともありましたが、「もう終わり」と思わない限り、終わりにはならないのかも。

 最速最短で目的地に至ることが推奨される現代にあって、極めて効率の悪い、遠回りのプロセスをたどって行きついた企画だったわけですが、それがこんな果実につながるとは! 何が幸いするか、わからないものです。「こうすれば、こうなる」みたいにマニュアル化できないところにも、何かがひそんでいることがあるのですね。

 内容と関係のないことばかり書いてしまいました。要するに、ただただうれしいです。

 しかも、メキシコに詳しい小説家の星野智幸さんに、すばらしいコメントを寄せていただきました。ありがとうございます! 

 今のメキシコ、ラテンアメリカの女性文学の新しい鼓動を感じてください。

 裏話にここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。

ネッテルにもらった短編集(後書きにエピソードあり)

 ネッテルのサイン。












2021年7月14日水曜日

7月14日・・・

 


27年前の7月14日は朝からからりと晴れて、夏らしい日差しがぎらぎらしていました。覚えているのは、その日、末っ子が生まれたから。
へその緒が首に巻きついて出てきて、すぐには産声をあげなかったけれど、助産師の野本寿美子さんがおでこに水をぴしゃっとかけたら泣きはじめたのでした。

誕生日くらい祝いたくて、「プレゼントに欲しいものある?」とラインしたら、何日かしてリクエストしてきたのはオーブンレンジ! 
就職してから、しばらくシェアハウスにいたけれど、1年少し前から一人暮らしを始めて、今はいろいろ作っているらしい。予算オーバーだけど、料理をつくる男になったらうれしいので奮発しました。
何ができるか、興味しんしん。

今日の午後1回目のワクチン接種をしたこともあって、夜は自分でご飯を作るのがめんどうになって、近所のイタリアンへ。次男の誕生日だしと、勝手な言い訳で禁を破って食べた黒こしょうのジェラートが絶品でした!

おめでとうを言えるのは幸せなことだなあ。



2021年7月7日水曜日

ひとり桃

 


今年初めて桃を買いました。

家族5人で暮らしていたころ、桃は、そんなにいつもいつも買う果物ではなかったので、桃をむくと、桃が好きなつれあいと次男の2人に切り分けて、私には種しか残りませんでした。
種をしゃぶって、「今日のはあたりだった」とか「はずれだった」とか。
だからといって、悔しいわけではなくて、2人がおいしそうに食べれば、それで気がすんでいたのでした。

だから、今朝のように、まるまる1個の桃を一人で食べると、すごくぜいたくをしているような気持ちになり、「一人だなあ」としみじみ思います。

桃といえば、今でも忘れないのは、桃売りトラック事件。
住んでいたマンションのちょっと先の角に、ときどき「桃7つ500円」といって軽トラックが売りにきました。
あやしいし、なんだか恥ずかしくて、私は買いたくなかったのですが、桃好きの次男が「ねえ、買ってみようよ」としきりに言うので、「じゃあ、あなた行ってきなさい」と、とうとう500円持たせて送り出したのでした。
ところが、次男はしょんぼり手ぶらで帰宅。
「どうしたの?」とたずねたら、「梨になってた」
うちじゅうで、お腹をかかえて笑いました。
果物を売っているトラックを見かけると、今でも思い出して笑ってしまいます。
次男が中学生の頃だったかな。
彼はもう忘れてしまっただろうけれど。

子どものころ、私も桃が大好物だったようです。大人になってから、夏に実家を訪ねると、「桃太郎さんに桃を買ってあるからね」と言って、母が桃を買って待っていてくれました。
「やめてよ、お母さん」と、いつもすげなくしていたけれど、喜んでくれるときに食べたらよかったな。今日みたいに。

今日は、初めて紫蘇シロップというのをつくりました。
炭酸水でわったら爽やか。香りがとばないうちに楽しもう。


2021年7月4日日曜日

『2枚のコイン』

 


『2枚のコイン アフリカで暮らした3か月』
ヌリア・タマリット作
吉田恵訳
花伝社

版元ドットコム紹介文より
“泥棒”はいつも、「金」目当て――
大国による搾取が蝕む、美しい世界

17歳、片時もスマホを手放せない“今どきの若者”マル。ボランティア支援リーダーの母親に連れられて、スペインからセネガル北部、ウォロフ族の村にやってくる。そこは、マルの知らない自由で彩られていた。

「みんなで所有すれば、貧しさで死ぬ人なんかいない」
本当の豊かさとは、支援とは。

SDGsを考えるヒントが詰まった、スペイン発グラフィックノベル


花伝社より、スペインの新しいコミックが刊行になりました。表紙のみかん色(黄土色?)がはえて、とても感じのよい本になりました。
タイトルの「2枚のコイン」の意味は、作品の最後のほうで明らかになります。

この作品は、2019年にスペインのブックフェアLIBERに招待されたとき、書店で見て気に入り、購入したもの。SDGsや開発途上国の支援について考えさせる内容だし、日本人にも受け入れられやすそうな絵柄だと思いました。そして、同時期に花伝社の編集さんもバスクのコミックフェアで出版社から紹介されて注目していて、とんとん拍子で出版が決まりました。

翻訳勉強会にずっと参加している吉田恵さんが、翻訳してくださったのもうれしいことでした。なかなかこういう機会はないので。巻末の解説もとてもいいです。
花伝社のグラフィックノベルの判型だと原書よりもややこぶりになるため、ネームが小さくなりすぎると年寄りにはキツいのですが、簡潔に訳して、それなりの大きさの字になってよかった(笑)

一般向けですが、高校生くらいから手軽に読めそうです。学校図書館にもぜひ!
スペインのコミック、まだまだおもしろいものがありますよー。

多くの方に手にとってもらえたらうれしいです。

2021年5月22日土曜日

ブクアパラウンジ こぼれ話(1)

 5月15日に西日暮里BOOKAPARTMENT 主催の「ブクアパラウンジ -vol.07-」 に呼んでいただき、ミランフ洋書店の話をしてきました。そのときのYouTubeはこちらです。


 でも、「ミランフ洋書店を開店したいきさつも話します」とツイッターで予告していたのに、店名の由来くらいしか話せなかったので、ここで補足することにしました。

 ほとんどのことを説明した、2011年9月に書いた文章がありましたので転載します。ただ、この記事でも「10年以上前から私は縁あってそこで本を購入」と、はしょって書いた部分をまずは説明します。時は1994年までさかのぼります。

 当時スペイン語の本は、都内の専門書店で高いお金を出して買うことしかできませんでした。そんなある日、都内のスペイン語書店のパンフレット置き場で、スペインの書籍輸出会社のパンフレットを見つけました。
「直接買えるなら、願ったりかなったりじゃない!」と思った私は、1994年にマドリードに旅行した際、その輸出会社をたずね、本を売ってほしいと頼んだのでした。
 その会社は、本来書店や語学学校にしかおろしていない会社だったのですが、せっかくきたからと売ってくれることになり、その後、その会社から郵送で送られてくるカタログを見てファックスで注文書を送り、本を買うようになりました。

 そして、それから10年近くたった2003年、その会社の人が東京国際ブックフェアに来ることになりました。ミーティングを申し込まれて会ったとき、私は日頃から不思議に思っていたことをたずねてみました。それは、その会社が送ってくれるパンフレットには、本ごとに割引率が書いてあるのに、私が買うときにはなぜ割引をしてくれないのかということでした。

 すると、「割引は書店の場合だけ。あなたは書店ではないから割引をしていない」と説明されました。けれども、それで終わらないのがおもしろいところです。続けて、こう言われたのです。「でも、せっかくミーティングしたから、これから一律10%だけ値引きしよう」と。そこで、晴れて10%引きでの取引が始まりました。

 その2年後の2005年の出来事が、下記の記事に書いたものです。バカじゃなかろうか、と思うのですが、そんなこんなで、今のミランフ洋書店があります。人生はわからないものです。


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ミランフ洋書店 ただいま開店中


販売はしてないの

 スペイン語の子どもの本専門のネット書店、ミランフ洋書店を開店したのは4年前の2007年の秋こと。「店舗はどこに?」と問われれば「押入れ」と答えるこの書店、翻訳に携わっているはずの私がなぜ、とよく聞かれますが、直接のきっかけとなったのは、開店の2年前、東京国際ブックフェアでのスペインの書籍輸出会社とのやりとりでした。

 その年、いつも利用している書籍輸出会社の担当者が来日し、アポイントメントを申し込まれました。通常は書店や学校にしか輸出していない会社ですが、10年以上前から私は縁あってそこで本を購入していました。もともと個人だが特別に、という細々とした取引だったので、会ったら「書店ではないので、今後は売れない」と言われやしないかと邪推し、ヒヤヒヤしている私に担当者はたずねました。「販売はしてないの?」通信添削講座で使う本のまとめ購入はしていたので、「売っていないこともない」と言葉をにごすと、返ってきたのが「じゃあ、今度から書店値引きをするわね」という答え。
 汗がふきだしました。積極的に売っているわけではなかったので。ですが、それからしばらくたったある日、ふいに「なら、書店を作ってしまおうか」とひらめきました。インターネットならコストもしれているし、おもしろそうだと思ったのです。

準備期間は2年間

 といっても、ホームページも作ったことのない自分に、はたしてできるのか。すべては未知数でしたが、2年間可能性をさぐったうえで判断しよう、と決めました。
 まず、問題はショップページづくりです。ネットショップ経営の本を読み、市の産業振興センターの無料起業相談に足を運び、ぺージのイメージを固め、ウェブデザインの会社に見積もりを頼みました。しかし、デザイン料は予想以上に高く、維持管理も難しそうで、これは断念。ところが、今の世の中、探せばあるものです。ネットショップ用のパソコンソフトがあるのを知り、見てみると、ショップページのデザインから、買い物かご、受注管理、商品管理まで、素人でも扱いやすくできています。これでいこう、と決めました。
 お次は、肝心のショップ名。しかし、響きのよいスペイン語の単語はどれも、何かに使われていました。半年くらい悩んだときでしょうか、カルメン・マルティン=ガイテの小説『マンハッタンの赤ずきんちゃん』の中でmiranfúという語を見つけました。「いつもと違う、何かびっくりすることが起こる」という意味のおまじない。「ミランフ」ならGoogle検索しても何も出てきません。意味も私の思いにぴったりで、うれしくなりました。
店名が決まると、書店開店計画が一気に現実味をおびてきて、売る本を仕入れはじめました。同時に、知人の装丁家にロゴの作成を頼みました。自分でレイアウトするショップが素人くさくなるのは必至ですが、ロゴがあればイメージアップをはかれると思ったからです。これは大正解。美しいロゴに導かれ、予定どおりの2年で開店にこぎつけました。
 

ショップからの広がり

 扱う本は基本的に子どもの本で、ぜいたく品にならず、手ごろな価格で買えるものという方針で、既存のスペイン語書店と競うつもりはありませんでした。まさにニッチビジネスです。もうかればうれしいけれど、忙しくなりすぎて翻訳の仕事にさしつかえると困るので、トントンならOK、でも、扱う本はホンモノを、という気楽な出発でした。
しかし、物事というのは、始めてみると思いがけない広がりをみせるものです。その一つが「日本ラテンアメリカ子どもと本の会」の活動です。私が最初に想定していた顧客はスペイン語学習者でしたが、あるとき小学校から注文が入りました。中南米の日系人の子どもたちが大勢通っている学校でした。これをきっかけに、日系人の問題に関心を持つようになり、いろいろあって、会の設立に至りました。手弁当の活動ですが、1222日、23日には、ラテンアメリカの児童書展を横浜市鶴見区で開催します。
 二つ目は品ぞろえです。当初は手間を考えて、スペインからだけ本を仕入れる予定でしたが、だんだんと品ぞろえに欲が出てきて、他国―ベネズエラ、アルゼンチン―の出版社から直接本を買うようになりました。今もコロンビアの出版社と交渉中で、次はメキシコやブラジルの児童書も扱おうかと考えはじめています。また昨年、私自身が愛用しているMaría Molinerの電子版辞書のセール企画して好評だったのはうれしい経験でした。
 翻訳が忙しいとあまり力を入れられないときもありますが、この書店自体、翻訳同様、私の表現そのものになってきています。書店という場があるからこその広がりを楽しみながら、これからも細く長く続けていきますので、何かの折にどうぞのぞいてみてください。

2021年4月7日水曜日

スペイン語の出版翻訳者に求められるものとは




スペイン語通訳者の吉田理加さんに声をかけていただき、今度、こんな話をします。

Acerkate a los Intérpretes y traductores【通訳・翻訳者を身近に】 
「スペイン語の出版翻訳者に求められるものとは」
4/17(土)19時~20時 
申し込みのリンクはこちら

概要
「翻訳家になりたい」と言ったとき、大学時代の恩師に最初に言われたのは「食べていけませんよ」という言葉でした。ロールモデルがないなか、どうやってデビューにこぎつけ、翻訳の仕事をとりつけてきたのか、他の言語の場合と違いはあるのか、翻訳者として、どんなことを大切にし、実行してきたのかなど、30年あまりの経験を振り返りながら、ありのままにお話します。
スペイン語を生かした職業として出版翻訳に憧れや興味をいだいている皆さま、出版翻訳者を目指している方、翻訳したい本がある方、また、すでに翻訳を手がけている方の参考になれば幸いです。
**************

どんな話でもいいよ、と言われて、しばらく考えた末に、このテーマにしました。
翻訳の話というと、外国語を日本語におきかえていく作業について話すことが多いのですが、アカデミックなキャリアに進まないで、(スペイン語の)翻訳者として仕事をしていくには、言葉に関すること以外にも必要な要素があると思うのです。

私自身の1週間を考えてみても、「翻訳をしたい、したい」と思いながら、翻訳そのもの以外のことをしている時間がかなりあります。しかも、その中にはお金にはならないことも、いやというほど。
だけど、じゃあ、それは何にもなっていないかというと、すべては翻訳のためでもあるのです。面倒くさくても、目的が定まっていれば、どれも雑用ではないのです。
自分のための地ならしだったり、根回しだったり、エンパワーメントだったり。

どこかから仕事が来て、訳すことにいつも専念していられるなら、違っているのかなと思うこともありますが、どうなのかな。
みな大なり小なり、同じようなものなのか、じたばたしているのは私だけなのか、わかりませんが、パワポを作りながら、考えてみました。
30年かけてしたり考えたりしてきたことを、できる限り整理してお話します。

私の根本にあるのは「おっぱい理論」。
私が勝手に命名したものですが。
つまり自分が持っている知識なんぞ、なんぼのものでもない。そんなものを出し惜しんで、後生大事にためこんでいたら腐ってしまう。吐き出していけば、また血が入れ替わって、新しい知識が湧いてくるという考えです。
正しいかどうかわかりませんが、そんなもんだと、私は思っています。
勘違いも、思い込みもあるでしょうが、今持っているものを出し切ります。

時間が限られているので、テーマからして、今回はそちらは話さないということはあるでしょうけれど、興味のある方はどうぞご参加ください。
お待ちしています!

2021年2月19日金曜日

西日暮里BOOK APARTMENT に出店します!


 

翻訳のスピンオフのようなかっこうで2007年秋に始めた、オンラインのスペイン語の児童書専門店ミランフ洋書店が、このたび、西日暮里駅前の西日暮里BOOK APARTMENT に入居することになりました!

入居といっても、31cm角の本棚です。
もちろん、これまでどおりオンライン書店は続けていきます。

これまで、実物が見たいが店舗はどこかと聞かれることがたまにあり、そのたびに店舗はなく、本は保管ケースに入っていることを説明してきました。1年に1ぺんでも、イベントに出店するとか、棚貸ししてくれる場所を探すとか、何か方法はないだろうかと思っていたところ、新聞で西日暮里BOOK APARTMENT のことを知りました。
実際に見にいったところ、これがおもしろい空間で、この中に並んだらうれしいなあと思いました。
さっそく申し込み、OKが出て、トントン拍子で入居の運びとなりました。

こういうスペースはほかにもあるのでしょうけれど、自分でしょっちゅう行けるところでないと、翻訳や授業が忙しくなると足が遠ざかり、補充ができなくなりそうです。
その点、ここなら歩いて20分ほど。散歩に最適。
小さなスペースですが、定期的にテーマを決めて並べたり、ワケありの本を格安で並べたりと、楽しみながら挑戦してみようと思います。    
絶版になった私の訳書も(現在手に入るものは、本屋さんで買ってくださいねー)置くかもしれません。

こちらが、西日暮里BOOK APARTMENT のサイトです。

基本、水曜日から日曜日の11時半から20時までやっています。

初めての搬入は、2月26日(金)です。
棚のようすは、instagram twitterで随時お知らせしていく予定です。

少し慣れてきたら、1日店長もしてみたいですが、まずはよくばらず、楽しんで棚をつくっていきたいと思います。

どうぞお楽しみに!

2021年2月16日火曜日

マルセロ・ビルマヘール『見知らぬ友』

 

『見知らぬ友』
マルセロ・ビルマヘール著
オーガフミヒロ絵
福音館書店
2021.2.15初版発行

 訳書の点数は50点近くになりましたが、ラテンアメリカ発のYA文学の翻訳はこれが初めて! 記念すべき1冊目となったのは、アルゼンチンの作家マルセロ・ビルマヘールの短編集です。

 2017年11月にグアダラハラ(メキシコ)のブックフェアで見つけて手に取り、読んでまず、「ビルマヘールはcuentista だったんだ!」と思いました。cuentista とは、短編作家ということ。訳者あとがきから、ちょっと引用します。

 この短編集を初めて読んだとき、大きな事件ではなく、日常のちょっとした出来事がさりげなく軽やかに語られていることに惹かれました。時には自虐的に描かれた、とりたててとりえのない主人公の心の動きに共感したり、登場人物たちの人生の悲哀を感じたり、じんわりと心にしみる、快い読後感がありました。また、どの話も落としどころが思いがけなく、短編小説らしいたくらみがあります。

 舞台は、たいていがブエノスアイレスのオンセという地区です。ビルマヘールが脚本を書いた『僕と未来とブエノスアイレス』という映画でも見られる、ユダヤ系の人々が多い街です。

 昨年2月初旬にブエノスアイレスに行ったとき、著者のビルマヘールさんにお会いしました。遊びの旅行だったし、気後れもあって、会わなくてもと思っていたのですが、編集のMさんが、せっかくだから、ご都合だけでも聞いてみてはとエージェント経由で連絡をとってくれて、結局オンセ地区の小劇場でお会いしました。
 すでにひととおり翻訳は終わっていたので、確認したいことや、私が好きなくだりのことなど、1時間ほど話をしました。「ムコンボ」に出てくる「ペロリ」(原文ではChupi)という、カード遊びを実演してくれたり、「地球のかたわれ」のモンテス・デ・オカというのは、実際にそういう苗字の友だちがいたという話をしたりと、よい時間でした。短編のタイトルを日本語版で一部変えることの許可も、そのときもらいました。

 挿絵をオーガフミヒロさんにお願いしましたと編集のMさんに言われて、オーガさんのHPを見たときは、どんなふうになるのか、まったく想像がつきませんでしたが、仕上がってみて納得しました。オーガさんの幻想的な絵が、リアリスティックなビルマヘールの作品と心地よく響きあい、とてもいい感じです。
 装丁は、Mさん担当の前作『太陽と月の大地』(コンチャ・ロペス=ナルバエス著 松本里美画)に引き続き生島もと子さん。いつもながらていねいなお仕事に感謝。カバーをはずすと、中はおしゃれな違う絵が出てきます。地図を入れてほしいという要望にも、ささっとこたえてくださいました。

 実は、この作品は翻訳出版が決まる前、大学の講読の授業でも一部を読みました。学生たちが楽しんで読んでくれたのを見て、いい作品だという意を強くしたのでした。

 物語のおもしろさを知るのに、最適の短編集だと思います。中高校生はもちろん、大人にも手にとってもらえたらと願っています。


ビルマヘールさんと会った小劇場の最寄り駅カルロス・ガルデル駅前の
ショッピングセンター、アバスト内の観覧車

ビルマヘールさんにすすめられて訪れたサン・テルモ地区。
市場のチョリパン屋さんでランチしました。




 


2021年1月21日木曜日

海の向こうに本を届ける

  


 初めての訳書が出たあと、しばらく著作権のエージェントで働いていたことがあります。もっと翻訳をがんばろうと、辞書の原稿整理や校正の仕事をやめたものの、翻訳の仕事はなく、元手も尽き、どこかで働けたらと門を叩いたのが、日本著作権輸出センターでした。

 一度は断られましたが、その後、声をかけてもらって入社テストを受け、週3日のパートで、社長の栗田明子さんのアシスタントをさせてもらえることになりました。1997年の秋、長男が小学2年生、長女が保育園の4歳児、次男が2歳児のときでした。その後、1999年に留学のために退社し、もうご縁がないかと思っていたら、帰国後、また声をかけてもらって2年弱、全部で4年くらい、働いた計算になります。

 株式会社日本著作権輸出センター、JFCは、日本の作家の著作権を海外に売ることを専門にしている著作権エージェントです。当時、現社長の吉田さんは児童書を、文芸書は栗田さんが担当し、毎年フランクフルトブックフェアで売りこみをしていました。アシスタントとして何をしていたかというと、契約が成立したとき、日本語や英語で契約書で起こしたり、英語の契約書の訳文を作ったり、出版社や著者に契約書にサインをお願いしたり、こんな条件でオファーがあるがどうかという手紙の下書きを書いたり、といったことです。

 それはもう楽しい毎日でした。というのも、それまでの数年、育児中心でほとんど家を出ることができず、文化的な刺激に飢えていたからです。5時に退社すると、決まった電車に遅れまいと、いつも小走りで保育園の迎えに向かい、帰れば子どもたちの食事やお風呂や翌日の準備で毎日が闘いでしたが、最近話題の本のこと、出版社のこと、作家のことなど、会社で触れる何もかもが新鮮でうれしかったものです。あ、それが本題ではありませんでした・・・。

 書こうと思っていたのは、栗田さんことです。栗田さんは、日本の作家の版権を海外に売る、まさにパイオニアでした。栗田さんが書いた『海の向こうに本を届ける 著作権輸出への道』(晶文社、2011)という本は、まさに武勇伝。読むと、びっくりすることうけあいです。著作権の仲介という仕事にどうやって出会い、どんな仕事をし、どんな作家を売り込んできたのかが、歯切れのよい文章で綴られています。若い頃の栗田さんの思い切りのよさ、粘り強さ、機転や創意工夫の精神は驚くばかり。そしてなんと正直でチャーミングなことか。

 どうしたらいいのか、きっとわからないことだらけの仕事だったでしょうに、栗田さんは、それならどうすればいいのだろうと、自分で考え、体当たりで道を切り拓いていくんですね。だからこそ、ちょっとやそっとのことでは負けない。それが、ほんとうにすごいんです。

 この本の184ページには、小川洋子さんの作品をアメリカに売り込んだときの話が出ています。ちょうど私がアシスタントをしていた頃のことで、ピカドールという出版社の編集者さんと一緒に、私もお蕎麦屋さんに連れていってもらいました。また、314ページからは、柳美里さんの『ゴールドラッシュ』のこと、柳さんに引き合わせてもらって初めて会ったときのことが書かれています。「今度サイン会で、柳さんにお会いする」と栗田さんが話していたのを、今も覚えています。とても嬉しかったに違いないのに、そういうときも決してはしゃがず、むしろ興奮を抑えたような口調で話していたように記憶しています。

 昨年、小川洋子さんの『密やかな結晶』がブッカー賞候補になり、柳美里さんの『JR上野駅公園口』が全米図書賞を受賞したというニュースを見て、栗田さんのことを思い出していました。日本の女性作家の作品の海外での躍進が語られますが、栗田さんの業績はその礎になっているはずだと。

 翻訳者として出版社に作品を売り込むとき、やりたい作品は何があってもへこまず、トライし続けるというのは、栗田さんから学んだことかもしれません。本が海を越えるのは、簡単なことではなく、時には5年、10年とかかりますが、諦めなければ、どこかで縁がつながることもあるものだと。

 

2021年1月3日日曜日

謹賀新年

  

今年翻訳出版予定の本たち


 明けましておめでとうございます。SNSに飛び交う幸せを願う言葉に、「ほんとうに」と頷く年明けです。

 スペイン語の通信講座の添削の仕事を、かれこれ15年以上続けています。受講生が月に1回、提出する訳文に赤字を入れるのですが、年末に送られてきた課題の添削が終わらず、年明け早々とりかかりました。すると、その中のひとつに、こんなお手紙が添えられていました。

 コロナ禍が始まって以来、この小さな町にもいろいろな変化がおきました。文化的な行事や講座なども行われていた近隣唯一のデパートがなくなってしまい、おまけに書店もなくなってしまいました。

 外出もままならず、現在は先生のスペイン語講座が楽しみです。年のせいで、同じ語を何度も辞書でひいたりしておりますが、まだまだ続けようと思っております。

 この通信添削は、年度制ではなく、始めたくなったときに、いつでもどうぞという形をとっています。1冊の本を何ヶ月かかけて、部分的に訳出しながら全編読んでいくというやり方で、わからない箇所は質問を受け付けます。課題の本は、私が選びます。日常とは違う世界や価値観に触れ、読書の醍醐味を味わえる、読みごたえのある本をと思って、スペインのもの、ラテンアメリカのものをとりまぜています。いつでも、どこでも、好きなときに学べるという、生涯学習のような講座です。ぽんぽん言葉で応酬するよりも、テクストと向き合ってじっくり考えるのが好きという人に向いているのだろうと思います。 

 この方は地方にお住まいの、私が講師になったときからの受講生で、もう一緒に25冊以上読んできました。その方が、今も変わらず、こんなふうにおっしゃってくださるとは。また、東京ではわかっていなかったコロナ禍の実情にも衝撃を受けました。

 胸が熱くなり、この言葉にこたえられるようでありたいし、私自身も、スペイン語で文学を読むという純粋な喜びといつも共にありたいと、心から思いました。何もできないけれど、せめて自分を裏切らないように。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。