2016年10月23日日曜日

Una gran mujer



 井戸さんとはじめて会ったのは、17,8年前だったと思う。モンセ・ワトキンスの小さな講演に行ったとき、モンセに「この人を知っていますか?」と引き合わされた。小柄だけど元気そうな人だなというのが第一印象だった。
 留学から帰ったあと、以前アルバイトをしていた会社にもう一度来ないかと誘われ、翻訳の売り込みをしながらしばらく働いていたが、翻訳のサブの仕事もスペイン語関係にシフトしていけたらなあと、ぼんやりと考えるようになった。
 そこでふと思い出して一度井戸さんに、「何かスペイン語でやらせてもらえないか」と相談したが、特にないと言われた。

 それが、たぶん2003年の終わりごろ、頼めそうなことがあると連絡をもらった。「童話で学ぶスペイン語」という通信添削クラスを、別の講師からひきつがないかという話だった。そして、最初はおそるおそる、だんだんと自分なりに工夫しながら、教材の本を選び解説をつくって、添削の講師をするようになった。
 講師になって何よりありがたかったのは、月に1回学習会を開いてくれたことだった。土曜日の午後などに、通信添削の講師が集まってネイティブに質問をする。「そんなことまでこだわるか」というくらい、納得するまで徹底的に。「東京のかたすみで、スペイン語の単語一つでこんなに熱くなって話しているなんて、スペイン語圏の人たちが知ったらあきれそうだわね」と笑ってしまうほど、みんな凝り性だった。スペイン語ネイティブの友人が日本にまったくいなかった私は、一人で考えてわからなかったことをたずねられるのがうれしくてならなかった。 
 そして、そこで出会い、信頼しあえる関係を結んだ講師たちと、その後、さまざまな仕事をするようになっていった。大学の非常勤講師をするようになったのも、そこからのご縁だ。
 
 通信添削は講師の側も結構根気がいる仕事だが、1か月に1回、コツコツと答案を送ってくる受講生の訳文を添削することは、月1回、スペイン語から日本語にするとき、どんなふうに訳していけばよいかということを考えさせられることだった。否が応でもそれを繰り返すことで、私自身もとても多くを学んだ。おかげでそれまでスルーしていた用法に気づかされたり、文章を読むときに意識しなければいけないポイントがうんとクリアーに見えるようになった。
 仕事ではないけれど、なぜかスペイン語に魅せられ愛着を感じて勉強し続けている全国の受講生の存在は、いつも私を励ましてくれた。

「童話で学ぶスペイン語」という講座を担当するうち、やっぱり児童文学の翻訳も教えてみたくなって、「児童文学翻訳」というコースを開講してもらった。さらに、「童話で学ぶスペイン語」で、スペイン語の本を読むのに慣れてきた人たちが、ずっと読み続ける、生涯教育的講座として「物語を読もう」という講座も開講した。
 また、通信添削は8月だけお休みにしてもらうので、なら、8月に特別講座をしてみようかということで、「夏の半日翻訳講座」をするようになった。そして、溜池の教室が開いてから、通学の講読の講座もと、「みんなで読む物語とエッセイ」というクラスを始めた。
 こんなのはどうでしょうと持ちかけると、おもしろそうだと思うと、なんでもさせてくれた。私にとってイスパニカは、細々とながらさまざまなことを試させてくれる貴重な場だった。
 これらの講座は、どれも今も続いている。私にとってまさに原点だ。

 井戸さんは、30代後半でスペイン語を学び始め、その後それを仕事にしてしまったという、稀有な経歴の持ち主で、何よりポジティブで好奇心が強く、努力家だけれど、鼻の頭に汗をかいているようなところは人に見せない人だった。

 気が合ったのは、井戸さんも私も、あきらめの悪いところが似ていたからかもしれない。
 一緒に仕事をするとき、私たちにとって大事なのは、その仕事をいかに最良のものにするかだった。だから、最後になって、「こうしたほうがいいんじゃないか」というビジョンが見えてしまうと、たとえその仕事がすでに合格点には達していると思っても、自分の体が許す限り、最後までねばってよりよいものにしようとした。時には夜中の12時にスカイプで話し込むこともあった。それでも、いいものができると、何もかもが報われた気がした。仕事のあとで飲むお酒はとってもおいしかった。
 そこまで自分を酷使することもないだろうに、でもそうやって常にベストを求めてきたからこそ、次の仕事が来たのだろう。逆に、合格点に達することだけを目指していたのでは、イスパニカのように小さな会社は生き延びられなかったと思う。そうやって、彼女はずっとやってきたのだ。
 スペイン語で仕事をできることがうれしいというのも、私たちの共通項だったのかもしれない。きまじめでおもしろみのない私と違って、井戸さんはほがらかでポジティブで、いつも笑顔という違いはあったが。

 訃報を受けてから、講師仲間の1人が、「ずっとお世話になったから。井戸さんがいなかったら、今の自分はない」とメールに書いてきた。同じことを私も思っている。
 小さい体で人生を駆け抜けたような井戸さん。過去形で語るのが、今でも信じられない。

 ありがとうございました。どうぞ安らかに。

2016年9月17日土曜日

THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016


昨日から19日月曜日まで、THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016というイベントが、京都造形芸術大学・東北芸術工科大学外苑キャンパス@青山1丁目/外苑前 で開催されています。
くわしくはこちら

何にもなければ、このイベントについて知らずじまいだったのですが、ひょんなことから知りました。8月のはじめ、スペインのある出版社からメールが入ったのが始まりです。

このアートブックフェアに今年はブラジルが招待され、上記の絵本のイラストレータ、ブラジルのファビオ・ジンブレスが参加する、ついては、自分のところの絵本を持っていきたいと言ってきたが、今からだと、スペインからブラジルに送るのが間に合うかわからない。ミランフ洋書店に送るので、受け取って、9月にファビオに渡してくれないか、という依頼です。

本は、1週間ほどで送られてきました。B4サイズくらいのずっしりと重たい本が10冊!
ファビオは、「ポルトニョールがカンペキだから大丈夫」と言われ、預かっておくことになりました。

ファビオからそのあとポルトニョールで、東京に着くのは9月12日になると連絡があり、さらに、たぶん16日の午前に連絡してとりにいくと、メ―ルが入りました。
そして、昨日。
午前中待てども連絡こず。フェアは3時からだというのに、どうするのかと思っていたら、いきなり知らない人の携帯から、「外国人の人がお宅に行きたいと言っているのだが、道がわからない」と電話がかかってきました。行ってみるとファビオでした。

重たいし、道もわからないから、フェアの人が一緒に来てくれたのか、と思ったのですが、そうではありませんでした。グーグルマップでわかるだろうと直接来たけれど、わからなくなって、近所のお店にとびこんでたずねたら(不動産やさんだったもよう)、そこにいたダスキンのマークの作業着を着ているその親切な方が、案内してくれたとのこと。
いやはや。

きちんと連絡が来て、ぱっと渡してと、スムーズにはいかないかもと、危ぶんでいましたが、予感が的中。
ああ、ラテンアメリカ! 

まあ、いいやね。無事、本を渡せたわけだから。
しかも、そのりっぱな本を1冊プレゼントしてもらいました! 書いてくれたサインがこちら。


ここのところ、ずうっと原稿でてんてこまいでしたが、なんだかゆかいな気分。

ファビオの展示は、こちらです。
上記の本を売っていますから、どうぞ買ってください。見てのとおり「パナマ」がテーマの本です。

「「DESENHO TERRÍVEL(酷い絵)」という絵のジャンルを確立したコミックアーティスト」とあるので、とんがった人かと思いきや、シャイなやさしい笑顔の人でした。
明日、ちらっと見に行こうかなと思っています。







2016年8月23日火曜日

言語文学教育課程大学院

バルセロナの日々(18)

 9月に到着後、カタランの授業が始まると同時にコロメール教授の属する教育学部言語文学教育過程大学院の事務室に寄った。スケジュールを確認すると、授業が始まるのは10月半ばだが、その前にガイダンスがあり、そのあとで正式な登録手続きをすることになるらしい。
  10月11日午後6時。ガイダンスの部屋に入った私は、真っ先に「ほんとだ!」と思った。スペインの大学院は、社会人が仕事の傍ら学びにくるところだときいていたが、本当だったからだ。私より長男に年が近い、カタランクラスの若者たちとは明らかに雰囲気が違う。正直ほっとした。
 でも、部屋にいる人たちは、まるで数年来の友人同志のようにすでに話の花を咲かせている。あいた席に座り、置いてあった書類を見ながらようすをうかがっていた私は、あれっと思った。カタランにまじって、今まで聞いたことのない響きのスペイン語が聞こえてくる。そういえば、顔つきがどことなくスペイン人と違っている人たちがちらほらいる。
 そのうち、「どちらから?」と聞かれ、「日本から、あなたは?」「メキシコだよ」と会話が始まった。
 その年、言語文学教育過程には5人のメキシコ人が加わった。毎年中南米の留学生は受け入れていたが、カタラン勢7人に対して、スペイン語を母語とするメキシコ勢5人、そして、私というのは、かなり異例の構成だったようだ。おかげで私は、ほとんどが現場の教師である忙しいカタラン人の同僚よりも、故郷を離れて勉強しに来ている、同じサルダニョーラ住まいのメキシコ人留学生に、よく助けてもらうことになった。

 さて、「大学院」と、ここまで当たり前のように書いてきたが、私が大学院の呼んできたのは、ドクトラードdoctoradoのことだ。バルセロナ自治大学の場合、各学部の学科ごとにドクトラードが開設されている。つまり、私が在籍していたのは教育学部言語文学教育過程ドクトラードだけれど、教育学部でも、ほかに自然科学教育、社会科学教育など、学科ごとにドクトラードがあった。ドクトラードは、大学卒業相当の学位があれば進学でき、そこで、一定の授業単位をとり、最初の論文が審査に通るとマスター(修士)の学位がもらえる。マスター取得後研究者能力試験に合格すると、博士論文を書く資格が与えられる。博士論文の審査に通ると、晴れてドクター(博士)の学位がもらえるという仕組みだ。
 ガイダンスでは、年間スケジュールと授業内容説明の資料が配られた。私たちのドクトラードの講義開始は10月19日。講義は毎週火曜日と木曜日の3時半から6時と、6時から8時半の時間帯で組まれている。10月から2月半ばまでが前期、2月半ばから5月までが後期で、前期だけですむ講義もあれば、両方にまたがった講義もあった。
 修士論文を書くには、20単位の授業をまずとらないといけないので、2年間で修士まで終わらせたい私は、1年目で20単位分、つまり7コマの授業をとらなければならない計算だ。結局私は、前期に3コマ、後期に翻訳学部の1コマを含む4コマをとることにした。前期の1コマは2月にある集中講義だから、10月に始まるのは2コマだけ。カタランの進み具合から考えても、それが一番無理のないスケジュールだった。

 勉強もさることながら、留学の1年目は手続きもややこしかった。7月の下見の際、必要な書類はないかと事務局にたずねたときには、特にない、と言われたのに、9月に行ってみると、正式な手続きの際に、大学の成績証明書がいると言われた。
 ないものは仕方がないので、大急ぎで父にたのみこんでとりよせ、その書類にアポスティーユ認証をとって送ってもらった。この認証がないと、海外では正式な書類として認定してもらえないからだ。さらに、届いた書類は翻訳をして、領事館で翻訳証明をもらわなければ、大学に出す正式な書類にならない。
 けれども、超特急で準備しても、手続きの期日にこの書類だけ間に合いそうにない。ここまできて、書類がそろわなくて大学院に行けなくなったらどうしよう。真っ青になって、学科のコーディネーターの教授に相談した。すると、こういうところがスペインだ。教授が大学院事務局にかけあうと、あとから提出でかまわないと、あっけなく返事がきた。
 間に合うかどうかと、毎日ドキドキしていたのはなんだったのだろう。ここでは何事も言ってみるものなのだ。
 しかも、慣れない手続きは、戸惑うことの連続だった。

 たとえば写真。スペインでは手続きというと、たいがい証明写真が必要になる。準備書類の欄には、「証明書用写真」という言い方をしているのだけれど、最初はそれが何かわからなかった。日本なら、3センチ×4センチの写真というような言い方をしているから、「どのくらいの大きさですか?」とたずねても、いっこうに要領を得ない。それもそのはず。証明写真というのは、DNIなどと呼ばれている身分証明書を初め証明書類全般に使われるもので、証明写真と言えばサイズはひとつしかない。だから、だれもサイズなど測らないし、どこの写真屋でも言えばわかるのだった。。
 大学の卒業証明書、つまり学位証明書もややこしかった。私の場合「文学士」なので、教育学部の大学院に入るには、文学部の学部長に学位流用認定のはんこをついてもらってこなければならないと言われた。「手続き上のことだから、問題ないわよ」と、コーディネーターの教授は言ってくれたけれど、どこに行けばいいかまで教えてくれるわけではない。ただでさえ不案内な大学の中で、文学部に行って、あちこちでたずねながらようやく事務局を探しあてて手続きを頼むだけで、結局半日つぶれてしまった。
 そんなこんなで、10月末、授業の登録が無事終わって学生証を手にしたときは、とにもかくにもホッとした。2005年7月まで有効の学生証。
 やっと正式にバルセロナ自治大学大学院の学生になれたという実感がわいてきた。

2016年7月9日土曜日

ブラティスラヴァ世界絵本原画展 絵本の50年これまでとこれから

カタログと、金のりんご賞受賞のスペイン人作家の絵本2点。

 さいたま市のうらわ美術館で、今日から「BIB50 周年 ブラティスラヴァ世界絵本原画展 絵本の50年これまでとこれから」が始まりました。
 うらわの展示は8月31日まで、そのあとは次の4館を巡回します。

 2016年10月29日~12月11日 岩手県立美術館
 2017年1月4日~2月26日 千葉市美術館
 2017年4月8日~5月28日 足利市立美術館
 2017年7月8日~8月27日 平塚市美術館

 展示は2部構成で、1部は「BIB歴代参加作品でたどる〈日本の絵本50年〉」と題して、1965年から2013年までの参加作品の原画約30タイトルが展示されています。赤羽末吉、長新太、瀬川康男、スズキコージなど、絵本好きの方なら、「ああ、読んだ、読んだ」という作品が必ず入っているはず。
 今日はオープニングに仲町小学校の子どもたちが何人か招かれていましたが、多くの子が原画よりも、子どもの目線の高さにある展示作品の絵本にとびついて、「おれ、これ幼稚園のとき見た!」などと言っているのがほほえましかったです。
 私が「わぁ」と思ったのは、村上康成『ピンク! パール!』。1991年に金牌をとっているんですね。ちょうど会社を辞める直前に、隣の児童書編集部で出来上がりを見た絵本です。原画に、セロテープのあとがあって、編集者の息遣いを感じるようでした。
 
取材の腕章をもらったので、場内のようすも少しだけ。

 第2部は「BIB2015参加作品にみる〈絵本の今とこれから〉」。今年の日本の参加作品15点と、入選作が並んでいます。
 金のりんご賞に、スペインのハビエル・サバラとエレナ・オドリオソラが入賞したので、解説を書くところで私も関わりました。エレナ・オドリオソラは、これまで日本で出ている絵本5点では名字がオドリオゾーラとなっているのですが、今回、オドリオソラとしてもらいました。ゾーラじゃないから、ずっと気になっていたのです。
 彼女は、今、切り絵に凝っているのか、この作品は描いた絵を切りとって舞台にしたものを、写真どりした作品です。
 
 グランプリは、ローラ・カーリン。日本では、『やくそく』(ニコラ・デイビス文/さくまゆみこ訳/BL出版)などがでている作家です。図録の表紙の洗濯バサミ人形は、彼女の作品だとのこと。
 そのほか、さまざまな試みのある作品が並んでいて、とても見ごたえがありました。
 出たところには、人気投票のコーナーがあります。気に入った絵にシールを貼って帰りましょう。
 

 
 浦和は高校の3年間通った町ですが、西口方面はひさびさで、ぜんぜん知らない町のようでした。でも、うらわ美術館のすぐ左には、高校時代にときどき寄り道した本屋さん、須原屋が今もありました。ここだけタイムスリップしたような感じがしました。


 

2016年7月6日水曜日

『アウシュヴィッツの図書係』




『アウシュヴィッツの図書係』
アントニオ・G・イトゥルベ著
小原京子訳
集英社
2016.7.5刊行


絶望にさす希望の光、それはわずか8冊の本――
強制収容所を生き抜いた少女の強さを描いた、実話に基づく感動作。
(出版社HPより)


 アルベルト・マングェル『図書館 愛書家の楽園』(白水社)の中に、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の三十一号棟に秘密の図書館があり、そこにあった八冊の本の管理は一人の女の子にまかされていた、というくだりがあります。
 スペインの作家イトゥルベは、この文章に目をとめ、その少女のことを調べていくうちに運命の導きのように現在イスラエルで暮らす当時の図書係と出会い、この本を書きあげました(このあたりのことは、本書巻末の「著者あとがき」にあります)。

 実は私も翻訳協力という形でこの本の誕生にかかわってきたので、こうして本になり喜びもひとしおです。
「感涙」とか「感動」という語がオビに躍っていますが(笑)、人が生きるために、「本」がどれほど大きな力を持っているかを見せてくれる意欲作です。
 ぼろぼろになった8冊の図書館の蔵書ばかりか、かつて読んだ本の記憶も、絶望的な毎日の中でディタを支えます。『ニルスのふしぎな旅』などの物語をおぼえていて語ってくれる人、つまり「生きた本」のエピソードも、物語の力を感じさせてくれます。

 もうひとつ、私がとてもおもしろいと思ったのは、ジャーナリストの著者らしく、アウシュヴィッツで生きていたさまざまな人々の姿を物語にもりこんでいるところです。視察団が来たとき、アウシュヴィッツは普通の収容所だと見せかけるために作られた家族収容所を中心に、さまざまな立場の人の姿が描かれています。歴史書ではなくこうしてフィクションで語られることで、歴史的事実として知っていた出来事を読者は改めて心で感じることができるでしょう。

 本好きで、うらやましいほどスペイン語の実力がある小原京子さんは、フィクションの翻訳はこれが初めてですが、著者とも連絡をとりあって、物語の魅力をたっぷりと引き出しています。これからの活躍がとても楽しみです。

 びっくりしたことに、主人公ディタは、野村路子さんが『テレジン収容所の小さな画家たち詩人たち』(ルック)で紹介しているディタ・クラウスだというのが調べていくうちにわかりました。アウシュヴィッツに送られる前、テレジンで彼女が描いた絵やインタビューがその本におさめられています。

 もともとは、スペイン大使館商務部が5年ほど前から行っているニュースパニッシュブックスという、スペインの新刊の版権を日本の出版市場に売り込もうというプロジェクトで2013年に紹介されていた1冊です。その紹介文を集英社の編集者が目にとめ、翻訳出版となりました。
 『青春と読書』7月号46ページ、豊﨑由美さんの紹介文『この世の地獄で、生きる力を与えた「本」』を読めば、本好きな人たちは読まずにいられなくなることうけあい。
 本屋さんで、図書館で、手にとっていただけたらうれしいです。 
 


2016年7月4日月曜日

講演会「『ちっちゃいさん』が生まれるまで ―翻訳と子育てとー」

 イソール作『ちっちゃいさん』(講談社)刊行のあとお声がけいただき、下記のとおり、2016年7月16日午後2時から千葉市でお話することになりました。

 普段翻訳するとき母親としての自分は顔を出さないのですが、『ちっちゃいさん』は例外的に、子育ての経験をめいっぱい使って訳した本でした。

 たまたま3人の子を授かり育ててきたので、20年あまり、子育てとがっぷり四つに組んできたわけですが、若い頃の私は、子どもを欲しいと思ったことは一度もありませんでした。どちらかというと苦手なくらいで、「赤ちゃんはまだ?」と聞かれると、「がんばっています」と言ってお茶を濁していたのでした。
 それが変わったのは甥っ子を見たときです。「へえ、赤ん坊っておもしろいな」と初めて思いました。そして、自分の子がこの世に出てきたときには、「こんなに大事なものが人生にできてしまってどうしよう」と思うくらい、とにかく我が子はかわいくてたまりませんでした。まさか、自分がそんなふうになるとは思ってもみないことでした。今では赤ん坊を見るとついつい近づいてしまう、おせっかいなおばさんと化しています。人生というのはわからないものです。
 
 会留府の阿部さんから、スペインと日本の子育ての違いなども触れてほしいと言われています。訳文をどんなふうにねりあげていったか、具体的にどこかの部分をとりあげながら、お話したいと思っています。
 毎日新聞の千葉地方版に7月1日に掲載された告知記事はこちらです。
 お近くのみなさま、よろしければお運びください。


2016年6月24日金曜日

『ちっちゃいさん』紹介情報1



 イソール『ちっちゃいさん』、刊行から2ヶ月たちました。
 ゆかいな絵本『ちっちゃいさん』、読売新聞のあともあちこちでとりあげられています。

 1つめは、5月27日(金)「毎日新聞」千葉版の「阿部裕子の絵本だいすき」。リンクはこちら。いいなあと思った箇所を少し引用します。
つまり、この絵本はあかちゃんのことが良くわかるというだけでなく、おとなにもみんなあかちゃんだったことを思い出させてくれるのです。これはとっても大切なこと、このことは他の人に寛容な気持ちになれるからです。そして、幸せだった子ども時代を持ったおとなはやさしさをあかちゃんに伝えようとします。 
ともかく忙しい世の中は手のかからない子ども、育児を望む人がみられる傾向です。安心育児の本は多い、けれどそれはおとなからの安心であかちゃんからの安心ではありません。
千葉市中央区にある児童書専門店「こどもの本の広場 会留府(えるふ)」を運営する阿部さんは、お店のブログでもいち早くとりあげてくださいました(リンクはこちら)。ありがとうございます。

 2つめは、6月10日(金)の「東京新聞」朝刊。クレヨンハウスの岩間建亜さんが「子どもの新刊」のコーナーで紹介してくださいました。
 出産のお祝いや、「ちっちゃいさん」と読み合うのに、いま、これ以上の絵本を思いつかない
という文を見て、プレゼントに購入してくれた友人もいます。

 3つめは、6月19日(日)の「ラジオ深夜便」。月に1回登場される書評家の松田哲夫さんが「私のおすすめブックス」のコーナーでご紹介くださいました。松田さんがスペックを読み上げてくださるだけでドキドキでした。ひまごさん(とおっしゃいましたよね? 孫ではなく???)が生まれたばかりだそうで、夜泣きの場面のことなど、実感のこもったお話でした。
「赤ちゃんという存在とそれとつきあっていくまわりの人たちの反応は世界共通なんだなということを、改めて感じさせてくれる絵本でした」 
「赤ん坊のときのことは、自分も赤ん坊だったから、思い出すわけにいかない。それを振り返ってみるという意味でもいい本だと思いましたね」
「なかなかユーモアもあって、絵がとってもいいですね」
ちなみに、この日一緒に紹介されたのは、桂望実『総選挙ホテル』(KADOKAWA)と瀬戸内寂聴『求愛』(集英社)です。
 自分が訳した本に限らず、だれかが本のことを語るのを聞くのは楽しいことだと改めて思いました。

 4つめは、大田区の絵本の店、ティール・グリーンin シード・ヴィレッジ刊行の『コガモ倶楽部』第182号(2016.5.20刊行)。
「アルゼンチンの作家イソールが「あかちゃん」のことをユーモアたっぷりに教えてくれる絵本」と紹介してくださっています。
 お店では、お話の会や読書会、ワークショップなど、いつもさまざまなイベントが開催されています。「いつか」と思いながらなかなか行けずにいますが、いちどたずねたいと思っています。お店のHPはこちら

 ありがとうございます!
 ただ、こうして引用を読むと、「じゃあ、大人の絵本なの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも私は、やっぱり子どもたちに読んでほしいと思っています。
 そのあたりのことは、また改めて。