火葬場から帰る車から見えた夕景色 |
火曜の夜、正確には12月13日未明、父が85歳で永眠しました。肝臓と心臓に重篤な疾患をかかえて10月半ばに感染症で入院し、その後、一時は回復に向かったように見えましたが、そうはいきませんでした。最後は見るのが辛くなるほど苦しそうだったので、やっと楽になったね、という思いです。
子どもの頃、父のことは怖いばかりで、思春期には反発を感じ、はやく自立したいと思い続けていました。毎晩、家でべろべろになるまでお酒を飲み、飲むと愚痴が始まり、独断と偏見に満ちた意見をまくしたてるということを、ここ30~40年続けていました。それでも、定年まで同じ会社で勤めあげ、家族を養い、子どもを学校に行かせ、退職後は好きなギターを買ったり、母とふたりドライブ旅行に行ったり、悠々自適に暮らしてきたのですから、大往生でした。
それに、もしかすると、翻訳をしているのは父の血なのかも、と思っています。
父が若いころ、母が読むようにとドイツ語の短編を訳したという、端正なブルーブラックのペン書きの原稿を、母に見せてもらったことがあります。理工系だったのに。
おれの血をひいて、と思ったことはあったのかな。
ここ2年間は認知症があったので、私が苦手だった父は、もうそこにいない感じでしたから、実際は長いお別れでした。
さようなら、お父さん。ありがとう。
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