2017年10月23日月曜日

はじめの8冊 

本をさがしに(1)



 先日、ある編集者から「本や出版社のことも、書き残しておくといいですよ」と勧められた。そういうことを言われたのは初めてだったのでびっくりしたが、覚えていることを落穂ひろいのように書いてみるのもいいかなと思いはじめた。
 そんなわけで、「本をさがしに」というカテゴリーを作った。思いつくまま、これまで私が見てきたスペイン語圏の本のこと、出版社のことなど、本をめぐることを書いていきたい。
* * * * *

 本気で翻訳に取り組もうと決心したころ、何をやったら翻訳者になれるのだろうとヒントを求めて、翻訳学校の児童文学お試しクラスというのに出たことがある。英語で学ぶのはワンクッションあるので、学校に通うには至らなかったが、そのクラスで活躍中の翻訳家であった講師に言われた一言が心に残った。
「翻訳家は情報を持つことも大切。翻訳するだけでなく、本の情報を集めなさい」という言葉だ。

 その後私は、何かおもしろい本がないかと、いつでもどこでもスペイン語の本をさがし求めるようになった。しかし、私が最初にスペイン語の児童書を手にしたのは、それより3、4年前のことだった。1988年、まだ福武書店(現、ベネッセコーポレーション)で辞典の編集をしていたときだ。
 いつか翻訳の仕事をしたいと思っていた私は、どういう分野からなら、スペイン語で出版翻訳の世界に入れるだろうかと考え、児童書はどうだろうかと思いついた。その時点では、自分が子どもの頃に読んで楽しかったというぼんやりとした思い出しかなかったのだが、じゃあ、どんな子どもの本があるのだろうと、旅行を利用して本を買ってきたのだ。

 スペインへに行ったはそれが2度目だった。知っている書店は、学生時代に初めて旅行したときに恩師に教えてもらった、グランビア大通りにあるカサ・デル・リブロ(本の家、Casa del Libro)だけ。インターネットはなく、旅行ガイドや口コミ情報が頼りの時代だ。ほかの書店など知る由もなく、その時も向かったのはカサ・デル・リブロだった。
 
 書店に着くと、児童書売り場をさがし、そこで「スペインの子どもたちに読まれている、スペインの作家の本を10冊ほど選んでくれないか」と店員さんに頼んだ。はなはだ頼りないスペイン語だったけれど、たぶん通じたと思う。

 記憶を頼りに、その時買った本をかきあつめてみた。

Joan Manuel Gisbert, El misterio de la Isla de Tökland
ジョアン・マヌエル・ジズベルト『トークランド島の謎』
Concha López Narváez, La tierra del Sol y la Luna
コンチャ・ロペス=ナルバエス『太陽と月の大地』
Juan Farias, Algunos niños, tres perros y más cosas
フアン・ファリアス『子どもたち、犬3びきと、その他いろいろ』
Fernando Alonso, El bosque de piedra
フェルナンド・アロンソ『石の森』
Antoniorrobles, Cuentos de las cosas que hablan
アントニオロブレス『話をするものたちのお話』
Fernán Caballero, Cuentos de Encantamiento
フェルナン・カバリェーロ『おとぎ話集』
Juan Ramón Jiménez, Canta, pájaro lejano
フアン・ラモン・ヒメネス『うたえ、とおくの鳥よ』(詩集)
Maria Gripe, Los hijos del vidriero
マリア・グリーペ 『忘れ川をこえた子どもたち』  
 
 ずっと「はじめの10冊」と記憶していたけれど、8冊だったのか! 今となっては確かめようがない。
 しかも、最後のマリア・グリーペは、スペインではなくスウェーデンの国際アンデルセン賞作家だから笑ってしまう。店員さんも、スペイン人だと思いこんでいたのだろう。
ヒメネスの詩集の値段は350ペセタ。

 これらを読んで私は、スペインにもおもしろい児童文学がありそうだ、児童文学の翻訳をやってみようと決心した。しかも、その後も何かと、この8冊には世話になった。
『太陽と月の大地』は、今年、30年近い時を経て福音館書店で翻訳出版した。ジズベルトは私の翻訳デビュー作の作家だ。フアン・ファリアス、フェルナンド・アロンソはほかの作品だが、その後翻訳する機会を得た。
 昨年刊行した『名作短編で学ぶスペイン語』に収録したフェルナン・カバリェーロの1編も、このとき買ってきた本から選んだし、数年前、NHKのラジオ講座のテキストでLeer y cantar というコーナーを担当したとき、この詩集にあったヒメネスのヒナゲシの詩を載せた。

 マリア・グリーペの本以外は、みなエスパサ-カルペEspasa-Calpe という出版社のアウストラル・フベニルAustral Juvenil というシリーズだ。
 これは、歴史ある文芸出版社エスパサ・カルペが1981年に刊行を開始した子ども向けのシリーズで、1995年まで159タイトルを名編集者フェリシダー・オルキンFelicidad Orquín が担当した。
『ハックルベリー・フィンの冒険』、『灰色の畑と緑の畑』、ドリトル先生シリーズなど海外の作品も充実し、民主化した新しい時代のスペインで、最初の本格的児童文学シリーズとして親しまれた。
 私が本さがしの旅を始めた1994年、1997年にも、書店にはこのシリーズがずらっと並んでいた。

 その後、エスパサ-カルペはプラネタPlaneta グループに吸収された。エスパサレクトールEspasalector にインプリントを変えながら、これらの1980年代の本はしばらくの間は生き残っていたが、今は残念なことにほとんどの作品が姿を消してしまった。

 11×17センチというこぶりの並製で、中は白黒という質素なつくりだが、1点1点ていねいに挿絵が入っている、子どもと本への愛情がにじみ出たシリーズだった。
 
 あのとき、このシリーズの本に出会えたのは本当に幸運だったと思う。

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