サバスティア・スリバス著/スギヤマカナヨ絵『ピトゥスの動物園』(あすなろ書房)が、なんと12刷になりました!
2006年に刊行されたこの本は、2007年に青少年読書感想文全国コンクールの小学校中学年の課題図書になり、その後も、教科書や読書感想文の書き方の本で紹介されました。私の訳書のなかで最も多くの読者に手渡されている本です。
けれども、この本も長いことかかって刊行に至りました。
そのあたりのいきさつを、2007年に、母校のスペイン語学科の同窓会「イスパニア会」の会報にまとめましたので、ここで再録してご紹介します。字数が限られていたので、ちょっと書きたりないところもありますが。
『ピトゥスの動物園』翻訳出版の舞台裏
翻訳者と言うと、辞書を片手にひたすら翻訳している姿を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、私の場合、そうでない時間がかなりあります。では何をしているのかというと、本探しや情報収集、売り込みといった営業活動です。これはと思う原書を出版社に持ち込み、検討してもらい、翻訳出版につなげていくわけです。これまでに出版された11冊の訳書のうち8冊が売り込みの所産といえば、その比重の高さがわかるでしょう。
2006年暮れに刊行されたサバスティア・スリバス作『ピトゥスの動物園』も、このような売り込みから出発した作品の一つです。
出会いは15年前
初めて原書を手にとったのは、もう15年も前のこと。別の本の巻末にあった刊行案内リストの中で、増刷の数が際立って多い作品を見つけ、とりよせたのが始まりでした。
病気の仲間が外国の医者に行くお金を作るため、バルセロナの下町の子どもたちが一日動物園を開くという物語です。こんなことありえないという部分もありますが、ここに描かれた子どもたちのエネルギーや底力は、息苦しい状況を生きる今の日本の子どもたちを元気づけてくれるように思われました。
そこで、何社にも売り込んだのですが、結果はすべてボツ。「古くさい」「友情だの助け合いだの教訓的」など、ネガティブな反応しか得られませんでした。
カタルーニャで最も愛されている作品
売り込みでは、作品のよさや、その作品を今の日本で出版する意義を自分なりに説明するのですが、何度か却下されると、見切りをつけざるをえなくなります。
でも、この作品の場合、そこであきらめなかったのは、1999年から2年半のバルセロナ留学中、小さい頃この本が大好きだったと、目を輝かせて語る大勢の人々と出会い、この作品がいかにカタルーニャ地方で愛されてきたかということを痛感したからです。
実はこの作品、私が最初に読んだのはスペイン語版でしたが、原書はカタルーニャ語。その成立事情は、本書の後書きに書いたのでここでは述べませんが、カタルーニャの人々に長く愛されてきた作品だったのです。
これほど大勢の人々の心に残る作品というのは、そうめったにありません。やはり力を持った作品なのだ、機会を見てもう一度売り込んでみよう、と思うに至ったのでした。
二度目の挑戦
翻訳出版の提案をするとき、私たちは普通、その本の概要やあらすじをまとめたシノプシスや部分訳を用意します。前に売り込んだとき使ったのも、この2点でした。
けれども、再度売り込むにあたって、私は一大決心をし、作品の全訳を用意しました。というのも、スペイン語の場合、原文をまったく読めない編集者が、シノプシス等で採否の判断を躊躇するのは、当然と言えば当然だからです。でも、仕事になるかどうかわからない作品を、何ヶ月もかけて訳すのは、こちらにしてみれば冒険です。
きちんと評価してもらいたい、だが、そこまでする価値があるのか――葛藤の末、カタルーニャ語版からの全訳を用意したのは3年前でした。
そして、これを持ち込んだ2つ目の出版社で、とうとう「いい作品ですね。やりましょう」という返事をもらったのです。
すばらしい日本語版
持ち込み企画でありがたいのは、採用してくれた編集者が、作品にほれこんで、本当に真摯に本作りに取り組んでくれることです。
本書の場合も、編集者はすばらしいエディターシップを発揮してくれました。特に、日本語版で新たに起こした挿画は見事でした。絵がストーリーを補い、日本の読者がより楽しめるようになりました。装丁も文字組みも、届けたい読者層にぴったりの、子どもの本ならではの配慮の行き届いた本を手にしたときは感無量でした。
さらにうれしいことに、本書は今年の第53回青少年読書感想文全国コンクール小学校中学年の部の課題図書に選ばれました。
あれほど何度も拒否された作品のため、どう受け入れられるか、私自身最後まで不安があったのですが、この選定は大きな励みとなりました。課題図書にスペインの作品が入るのは、記録がある第8回以降で初めてのこと。全国津々浦々の子どもたちが手にとってくれると思うと、うれしくてなりません。
スペイン語からならではの物語や新しい視点、知識や生きる喜びを提供してくれるような作品を、これからも探し、紹介していければと思っています。
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