2017年8月15日火曜日

栗祭りカスタニャーダ

バルセロナの日々(19)


 十月の半ばを過ぎたころ、私たちのアパートのすぐ前にあるケーキ屋さんに秋が来た。ショーウィンドーに木の葉や松ぼっくりが飾られ、松の実をあしらったお菓子が並んでいる。気づくと、ずっと半袖Tシャツで過ごしていた地元の子どもたちが、長袖を着るようになっていた。

 そんなある日、タイシとアキコが、学校からお便りをもらってきた。
「今年もカスタニャーダをします。アーモンドの粉百グラムと松の実五十グラムを持たせてください」
 カスタニャーダってなんだろう? アーモンドや松の実を何に使うんだろう?
 クラスメイトのおかあさんに聞いてみると、パナイェッツの材料だと言う。十一月一日の諸聖人の日につきもののお菓子らしい。
 うわー、楽しみー! 
 保育園では秋になると子どもたちが芋掘りに行き、園庭で焼き芋をしたものだった。カタルーニャでは、パナイェッツというわけか。幼児や低学年の子どもたちの園生活、学校生活が、季節にちなんだ行事で彩られるのは、どこも同じなんだなあと思った。
 ハルちゃんに話すと、カタルーニャでは諸聖人の日Dia de tots sants(「とっつぁんの日」と聞こえると、ハルちゃんはおもしろがった)に、カスタニャーダcastanyadaという栗のお祭りをするのだと教えてくれた。このお祭りに欠かせないのが、焼き栗やパナイェッツ、それからモスカテルという甘いデザートワインに焼いたサツマイモだ。アパート前のケーキ屋さんに並んでいた、松の実の「かのこ」のような焼き菓子が、そのパナイェッツだった。

 スペインのドライフルーツは多彩だ。市場に行くと、日本でもおなじみのレーズンやピーナッツ、干しプラム、干しアンズからナッツ類まで、何十種類とならんでいる。
 スペインらしいのは、ひまわりの種pipasとコーンkikos(うちのまわりの子どもたちはこう呼んでいたが、帰国してから話していたら、そこにいたスペイン人にそんな語は聞いたことがないと言われた。いつもひく西西辞典でひいてみたところ、商標名としてちゃんと「炒ったトウモロコシの実」という語釈があった)。コーンは、普通のとうもろこしをミックスナッツのジャイアントコーンのように加工したものだ。この二つは駄菓子の王様で、パン屋やキオスクで、二十ペセタくらいの小袋になったのもよく売っている。広場のベンチのまわりには、たいていこのひまわりの種の殻が散らばっている。
 アーモンドやヘーゼルナッツは、煎ったものと生のものがあって、つまみにもいいし、カタルーニャ料理ではソースの食材として多用される。クルミは、カリフォルニア産よりも小粒で黒っぽい、見た目は貧相なスペイン産のほうが味があり、値段も高い。
 私のいちばんのお気に入りは、干しいちじくと干しなつめやし。いちじくは、スペイン産のとトルコ産のがある。スペイン産のは、暗紫色の実のまわりに白っぽく粉をふいていて、中はむっちりねっちょりし、ほんのり甘く滋味がある。くるみといっしょに食べると、いっそう味がひきたつ。夜、口寂しいとき、一つ二つつまむのにちょうどよかった。
 なつめやしは、干し柿の赤ちゃんみたい。まわりがテラテラ光っているのと、ナトゥラルと呼ばれる自然のままのものがあって、やはり自然の甘さが心地よい。バレンシアやエルチェあたりに行くと、ヤシの木の下にぼとぼと落ちているらしい。
 それからマラガ産干しブドウ。近頃日本でもカリフォルニア産で見かけるようになった、種入りの少し大粒の干しブドウだ。種ごとゴリゴリとかみ砕いて食べつけると、やみつきになる。
 セラパレーラ市場にあるドライフルーツの量り売りの店で、私は、アーモンドの粉と松の実を買いこんだ。

 十一月一日は祝日なので、その前日、アキコとタイシは、松の実がかの子状についた少しいびつなパナリェッツが六つずつのった紙皿をささげもって、ニコニコ顔で学校から出てきた。タイシのには、包んだセロハンに、自分の名前を書いた栗の形のカードがはりつけてある。
 フアニ先生に言われたとおり、十分くらいオーブンで焼くと、香ばしい匂いが家じゅうに広がった。日本にいるときはよくケーキやらクッキーやら子どもたちに作っていたのに、スペインに着いてからは初めての手作りお菓子だった。なれないオーブンの焼きぐせを確かめながら、たまには好きなお菓子でも作ってやりたいなあと思いながら、焼きあがったパナイェッツをかじってみる。
 松の実独特のすっぱいような風味が、アーモンドを使った中だねの甘みと混じりあって、口いっぱいに広がる。ナッツ類が苦手なケンシとアキコはあまり好まなかったが、タイシは気に入ったようで、次々口にほうりこんだ。
「とっつぁん」の日、ハルちゃんと近所の酒屋でモスカテルを買い、ちびちびとなめた。こうして季節ごとに、スペインの、カタルーニャの新しい味を一つ一つ体でおぼえていくんだなあ、と一人感動しつつ、秋の夜はふけていった。

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