2020年7月1日水曜日

Mar dulce スケッチ(3) パニと2人のぺぺ

昨年、大学の「ヤングアダルト文学講読」の授業でHistorias de la cuchara: cuentos latinoamericanos sobre historia y buen comer(おさじの物語 歴史とご飯についてのラテンアメリカ短編集:María Cristina Aparicio, Norma, 2011)という本を読みました。ラテンアメリカ各国の名物料理と歴史をからませた短編集です。その中の、ウルグアイの短編Empanadas criollasは、エンパナーダを作る男の子のこんなお話でした。

モンテビデオに住む二人の兄弟。兄のパニはデブで運動神経も頭も鈍く、みなからバカにされているが、人あたりがいい。弟のペペはかっこよく、サッカーをやらせればピカ一。最初はサッカーに夢中だったパニだが、自分がぺぺのようではなく、みなの足をひっぱっているのがわかると熱が冷め、日曜日に父親や弟とテレビでサッカーの試合を見るのもやめて、母親のエンパナーダづくりを手伝うようになる。パニが近所で上手に注文をとるようになると、母のエンパナーダ屋は大繁盛。父親も会社をやめて、エンパナーダ作りを手伝うようになり、一家の暮らし向きもよくなる。
一方、サッカーが得意だった弟ぺぺは、勉強もできて、医学部に進むが、社会運動にかかわるようになる。トゥパマロスの活動に参加して、警察から追われ、身を潜めて暮らすようになる。
そんなある日、ぺぺがパニに、肉を手に入れたので、長持ちさせるためにチョリソを作りたい、作り方を調べて教えてくれと頼んでくる。パニはトゥパマロスの隠れ家に教えに行くが、それでもまだ肉は余っている。パニは、次はエンパナーダを教えてやると約束する。ところが、エンパナーダを作っているところで警察の手入れがあり、パニは捕まってしまう。
パニは拷問を受け、仲間の居所をはけと言われるが、何も言わない。拷問でほとんど死にかけたとき、やってきた警官が、「なんだパニじゃないか」と言う。「こいつがトゥパマロスのはずがない。エンパナーダを作るしか能のないうすのろだ」と。じゃあ、それを証明しろというので、パニは震えながら、警官たちの前でエンパナーダを作り、釈放される。その後、エンパナーダ屋は繁盛し、パニは奥さんとともに6店舗に店を広げる。
ぺぺはその後警察につかまり、15年投獄されたあと、やせ細って帰宅する。
ぺぺはパニに初めて謝るが、パニは「ぼくは何も知らなかったから、何も言わなかったよ。知ってたって言わなかったけどさ」と答える。兄弟は日曜日に二人そろって、テレビでサッカーの試合を見るようになる。

トゥパマロスというのは、『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(くさばよしみ文 汐文社)で知られる、元大統領のホセ・ムヒカさんも属していたグループです。

ムヒカさんも一時収監されていた刑務所、プンタ・カレタス刑務所が、今はショッピングセンターになっているということで、モンテビデオに着いたその日の午後、友人に連れていってもらいました。



旧刑務所を見て、パニとぺぺの物語を思い出しました。ちなみに、ぺぺというのは、ムヒカさんの愛称です。

そういえば、この物語に出てきたサッカー場センテナリオを、外からだけでも見てくればよかったと後で思いました。授業で「Centenarioはサッカー場ですね」と説明したら、「サッカー場をCentenarioというとは知らなかった」と学生がリアクションペーパーに書いてきて、焦って説明し直しました。説明は難しい。「甲子園」は野球場だけど、野球場は甲子園ではないのであーる。

また、この物語に「チリやアルゼンチンやブラジルの仲間から拷問の仕方を習った政府」と言う表現が出てきましたが、学生にはすぐにはピンとこなかったようでした。こういうのが、面白いんだけどね。

パニは学生に人気で、「パニ、かわいそすぎー」と、みな途中でさんざん気を揉んでいました。
これも、いつか訳したい本のひとつ。

日本でムヒカさんは人気ですが、ウルグアイ在住の知り合いは「理想は高いが、口ばっかりで、結局何もしなかった」と辛口でした。


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